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翼なき竜
28. 未来の夢(3)
レイラが後に、この世の地獄、と考えるようになる場所は、小さな部屋だった。
北側に置かれたベッド。丸い、傷のあるテーブル。何の花も差されていない花瓶。緑のカーテン。食い入るように見つめ続けた扉の細工。風の強い日に石作りの部屋の隙間から聞こえる、笛のような高い音。死臭にも似た臭い。どれほど年月が経とうが、全てを鮮明に思い出せる。
ガロワ城の塔の四階で監禁状態にあったレイラは、ひとりで世話をしてくれていたリリトの異変に気づいた。
気分を悪くして倒れたリリトの身体を支えて、レイラはまさかと思ったことを口にした。
「リリト……妊娠、してる?」
はっと身体をかばうようにして見上げてくるリリトの眼を見て、その想像が真実だと知った。
「申し訳……ありません」
リリトは震える声で謝罪する。
「何を謝る必要があるの。リリトが悪いんじゃない、全部――」
ガロワの城主・グレゴワールへの罵倒の言葉を口にしようとして、閉ざした。どこで何を聞かれるか、わからなかったから。
リリトは静かに泣き始める。
「わたしが、悪いんです……殿下をこんなところへ連れてきてしまって……グレゴワールを信じたわたしが……」
「ばかなことを言うんじゃないよ。リリトのせいじゃない」
「許してください……わたし、殿下を外へ出してもらうよう、がんばりますから……」
「リリト……。とにかく寝て。さっき立ちくらみを起こしただろう? 身体を休めないと」
泣いているリリトをベッドに寝かせる。彼女はすぐに眠りへと落ちていったようだった。
リリトの寝る側で、神に祈りを捧げるように、レイラは膝を地面につけて手を組み、目を閉じた。
すっと背後に気配がした。
レイラは顔をこわばらせながらすぐさま振り返る。
『レイラ』
そう声をかけたのは、ベランジェールという竜の幻影だった。ベランジェールの幻影である人間の姿は、ギャンダルディスとよく似ていた。ただし違ったのは、地につくほどの髪は茶色だったことと、子どもではなく三十代くらいの成人男性のようだったことだ。
ベランジェールは、この監禁された部屋の外に、見張り番としている竜だ。
「……驚かさないで、くれ」
他の誰にも聞こえない小さな声で言い、ほっと息をついた。
この部屋に誰かがいるというだけで、緊張を強いられることだった。
『すまない。……この城の警備状況を探ってみた。城内の地図、警備の場所、人数、武器を頭にたたき込み、最短ルートで逃げ出せば、脱出する機会はある』
ベランジェールはレイラに好意的だった。同族である『泰平を築く覇者』と、監禁する人間と、正常な倫理観を持つ者ならどちらに手を貸すかは比べるまでもないだろう。ベランジェール自身は足に鎖を繋がれているが、この幻影を使い、城内を探ってきてくれた。
レイラはベランジェールが脱出ルートを探ってきてくれると聞いた当初は、目を輝かせて涙さえ流しそうになって歓喜した。
しかし今、レイラはうつむき、首を振るしかなかった。
「……リリトを、置いていけない」
ここに監禁された初め、疑心暗鬼となったレイラは、リリトをなじった。ここに連れてきたきっかけはリリトだったから。
そのときリリトはぼろぼろ涙をこぼし、何度も謝罪しながら言った。
『必ず、必ず、わたしが、殿下を解放してもらうよう、交渉しますから……!』
責任感ある彼女が何でもしかねないと、気づくべきだった。
ここで自分ひとりが脱け出しても、リリトは残るしかない。外には竜のベランジェールがいて、『泰平を築く覇者』以外の人間が出て行けば、食われてしまう。
置いていく?
妊娠までして、解放させようとしてくれたリリトを?
多分、彼女のしていることに意味はない。どんなことをしたって、彼らは解放なんてしてくれない。
それでも、そうしようとしてくれた彼女を、見捨ててはいけないと、頭の中の誰かが告げる。
その一方で、彼女を見捨てて逃げ出したいという逼迫した思いもある。それを何とか封じ込め、
「リリトを置いていけない。私ひとりで、逃げ出すなんてできない」
と低い声で言った。瞬時に後悔が生まれたが、これも何とか無視した。
ベランジェールの幻影は、ふっと霞のように消えていった。
何度、何十度となく、ここから逃げたいと思った。ここで起きた全てが、レイラに傷を負わせる。
どうしてこんなところに来てしまったんだ、と後悔することもある。だけど、そんな後悔よりも、早くここから出たいという思いの方が強い。
逃げたい。帰りたい。
ギャンダルディスに会いたい。父に会いたい。
ブッフェンと戦って笑いあっていた騎士団時代に戻りたい。
ただ安心して眠りたい。悪夢なんてもう見たくない。
足音にびくつく生活なんてもう嫌だ。太陽の光を浴びて、気兼ねすることなく、外を歩きたい。
リリトと、ここを出たい。とにかくここを出たい。
助けて。誰か助けて。
* *
ガロワ城が攻め入られ、レイラが解放されて――王位継承戦争が起き、それに勝利したとき、レイラは女王として即位した。
しかしその頃には、レイラは女王への意欲も夢も、失っていた。女王に即位したのは、ギョームにだけは王に即位させられないという決意、そしてその場の流れのためのことだった。
王城では、多くの臣下が新たな女王に媚びて、
「女王陛下、一年間、関門を通してもらえず、苦労されたのでしょう? 私は本当にもう、食べ物も喉に通らず心配して……」
そう言うでっぷりと肥えた臣下に対し、レイラは鼻で笑うのをこらえた。
何が、心配して、だ。一年間、ギョームの言葉に乗って、悪口を言っていたくせに。悲鳴を上げたくなることばかりの悪夢の一年間、お前らは何をしてた? 笑って呑んで食って踊ってたくせに。
誰も彼もが憎かった。
一年の間、誰も助けてくれなかったくせに今になって、心配してました、と嘘をつく。
この国に何十万、何百万と民はいて、王族に忠誠を誓っているくせに、一年、彼らは何をしてくれた? 何も、何もしてくれなかった。
王女であったレイラのことなんて、どうでもよかったのだろう。こうして女王として即位してからのおべっかに、辟易するどころか、憎悪さえ抱く。結局、誰もがレイラという人間なんて必要としていない。必要なのは、女王という立場の人間だということを思い知り、レイラは冷ややかな無関心さと、そしてたぎるような怒りに支配されていた。
政治も国民の安寧も、全てがどうでもよく思えてくる。
嘘でこびへつらう人間百人いるより、ここにリリトがいてほしかった。
レイラはリリトが死んだときを思い出すと、胸が痛い。竜、ベランジェールに食われたリリト。ベランジェールを殺して助けだそうとしても、口から出したときには、もう遅かった。
残ったのは、名も付けられていない赤子ひとり。その赤ん坊も……どこかに消えた。
何もこの手には残っていない。砂のように、風に流れて消えた。
いっそのこと、国を滅ぼしてやりたい。戦争を引き起こしてやろうか。そうだ、世界征服なんてどうだ。
グレゴワールのような奴が人間と呼べるなら、人間なんて、みんな滅んでしまえ。死んでしまえ。みんな、みんな、殺してやりたい。
レイラは右の頬が熱くなってくるのを感じた。右にあった竜のあざは、なぜか片翼が消えていた。その代わり、熱くなることが多くなった。しかもその熱さに、歯止めがきかないような気がする。
どこまでもどこまでも暗い感情が爆発し続け、止まる場所を失うような……。
寒気すら感じながら、レイラは王城の大きな厩舎に向かった。
王城自体は何の変化もなかった。ところどころ樹の植え替えがあったくらいで、ほとんど変わりない。
懐かしさを覚えるくらいだ。あんな辛さを知らなかった昔の頃の。
レイラは厩舎の、ひとつの部屋の前に立ち、窓から中を覗き込んだ。小さいときは台に登らないと窓には顔が届かなかったが、今は普通に立っているだけで覗き込める。
「ギャンダルディス!」
レイラは一年ぶりに、親同然の竜と顔を合わせた。
竜は歓喜の声を上げた。
『レイラ……! ああ、よくがんばったね、よく耐えたね……』
レイラは瞳をうるませた。
誰よりも、ギャンダルディスのこの言葉が嬉しくて、ようやく緊張から解き放たれ、安堵できた。
「うん……うん。生きて会えて、本当に嬉しい。嬉しいよ。ギャンダルディス、一緒に散歩しよう? 竜狩りに行こう?」
窓から見ているのがもどかしかった。扉を開けて、触れたい。
自由に空を飛ぼう。
そうだ、これからは何でも自由だ。何をしてもいいんだ。
不快な奴らだって、簡単に排除できる。どこにだって行ける。どんなことだってできるんだ。ずっと、ずっと。
これからは何だって自由。何だってし放題。
安らかに、何の苦痛もなく、暮らせるのだ。
ああもう、忘れよう。あの一年間とリリトのむごい死の光景は、忘却の彼方に追いやろう。リリトも赤ん坊も、もういないのだ。最低限守りたかったものすら、手の中にはない。何もここにはないのだから……もう、忘れさせて、ほしい。
『レイラ。重要な、話があるんだ』
「ん?」
『君はね、長くは生きられないんだ』
首が、かたむいた。斜めにかたむいたまま、窓から狭い部屋にいる竜を見た。
『竜族の法を知っているね? 同族殺しを固く禁じている。『泰平を築く覇者』もその同族に含まれる。……レイラ、君は竜を、ベランジェールを殺したね? それは法に触れることになるんだ。そして、竜族は君に刑を科した。君の片翼を失わせる、という刑を』
レイラは知らず知らずのうちに手を動かし、右のほほに触れていた。あざを指でなぞる。竜のあざには、いつの間にか――片翼が、消えていた。
『片翼を失った竜族は、戦闘本能を制御できにくくなる。そして残りの片翼に負担がかかりすぎて、次第にそのたったひとつ残った片翼すら、力を失ってしまうんだ。そして全ての翼を失えば、同時に理性を失ったことになり、戦闘本能の塊になってしまう』
「…………」
『そうなってしまった翼なき竜は、竜族が食べるきまりになっている。戦闘本能に支配された竜は、見境なく、同族の竜にも襲いかかるから』
「…………」
『レイラ。片翼を失った君は、いずれ残りの片翼の力、理性を失う。そのとき、君は竜に食べられるんだ』
理解ができなかった。
話の中身が、ではない。
親同然に愛してくれていたはずの竜がこんなことを告げる、ということが。一年間、再会を夢見ていた竜が、きっと嬉しがってくれる、きっとかわいそうにと言ってなぐさめてくれる、そう想像して心をなぐさめていた、その竜が。
思い出したくない記憶をよみがえらせる。城が攻められ、ベランジェールの繋がれていた柱が壊れたとき、竜は襲いかかった。レイラの抱える赤子を守るため、リリトは……ベランジェールに食べられた。目の前で。
それを、救おうとしたのだ。……ベランジェールを殺すしか、なかった。
「竜族の法には……情状酌量ということがないのか? リリトを助けようとして、襲ってきたベランジェールを殺したことが、そんなに悪いことだったか……? 死ぬほどの、罪だと……?」
『…………。竜族は、絶対に同族殺しを許さないんだ。翼なき竜を食う以外、同族を殺すことは、決して許されない』
「私は人間だ! リリトを助けようとして、何が悪い!?」
レイラにはむかむかとした怒りが湧いて、激高した。冗談じゃない。こんなことで、殺されてたまるか。
『なら、ベランジェールは殺されるほどの何をしたって言うの?』
レイラの怒りに流されることなく、ギャンダルディスはどこまでも静かに話していた。
「リリトを襲って、食ったじゃないか!!」
『あらがえない本能だよ。ロルの粉が振りかけられない人間が存在したら、竜は襲わずにはいられないってこと、レイラはよく知っているだろう? ベランジェールの理性が望んだことじゃない。ベランジェールにはどうしようもなかったことだった』
「それでも、リリトは襲われ食われた! ベランジェールがどうしようもなかったというなら、私だってどうしようもなかった! リリトを助けるためには、食っているベランジェールを殺すしかなかった!」
本当のことを言えば、そのときレイラはベランジェールを殺したくなかった。レイラを逃がそうとしてくれた竜だ。リリトを食べられた今だって、恨んでいない。しかしそのとき、目の前には食べられているリリトがいた。助けるには……戦い、殺すしかなかった。
『レイラは……忘れたようだね。君は『泰平を築く覇者』で、竜族でもあり、人間でもあるってことを。二つの種族に公平でなければいけないと、僕は何度諭した? 君はうなずいたよね?』
悲痛で苛立ちがかいま見えるギャンダルディスの言葉に、レイラはこわばった氷のような顔になった。突き抜けた怒りゆえか冷静になったのか、レイラ自身にもわからない。
「それは……どういうことだ?」
『君はそのとき、リリトとベランジェールのうち、リリトを選んだ。その時点で公平ではなくなった。その時点で、君は間違いを犯したんだ』
ふるふるとこぶしが震える。冷静になったからじゃない、これは怒りだ。自分はかつてないほど怒っているのだと、レイラは実感した。
「なら、リリトを見捨てておけばよかったと、ギャンダルディスは言うわけか……?」
『そうだよ』
妊娠までしたリリトを。ぼろぼろと涙をこぼし、許してください、とすがりついてきたリリトを。
言葉を震わせながら、レイラはゆっくりと、よく聞こえるように言う。
「たとえ……リリトがすでに死んでいたと知って、助けることが無駄だったとしても……側には生まれたばかりの赤ん坊がいたんだ。ベランジェールを殺さなければ、赤ん坊も食われてた。それに、フォートリエ騎士団が攻め入っていたんだ。私が殺さなくたって、フォートリエ騎士団の連中が殺してたんだ」
だから、ベランジェールはレイラが殺さなくとも、殺される運命だった。
ぎりぎりの、怒りの臨界点に触れるか触れないかの精神状態で、レイラはまばたきせずに、窓越しにギャンダルディスを見ていた。この怒りを何とか抑えているのは、ギャンダルディスの答えを聞きたかったからだ。
だけどギャンダルディスは、レイラの怒りを静めるような答えを持たなかった。
『レイラ。公平っていうのはね、どちらも助けられる能力がある時なら、双方を助けることを言う。だけど片一方しか助けられないなら――どちらも見殺しにすることを、公平と言うんだよ』
白い何かが頭の中で爆ぜた。
頬のあざが火傷しそうなほどに熱くなる。
ここにいる竜は誰だ? 味方? 親同然? 違う。これは――敵だ。
レイラは走った。厩舎の入り口のところに立つ厩番に、
「鍵はどこだ!」
「へ、陛下!?」
「鍵を出せ! 早く!」
男は女王の血走った目におびえながら、鍵の束を差し出した。
それを乱暴につかみ、再びギャンダルディスの部屋の前に立つ。鍵を差し込むが、合わない。いくつか乱暴に出し入れを繰り返す。
「陛下!? 何をしてるんですか!? 中には竜がいるんですよ!?」
厩番は悲鳴を上げた。その声に、外で侍っていた近衛兵達が、厩舎に入ってきた。
いくつか確かめて、ひとつの鍵が穴に入った。鍵を回すと、即座に重厚な鉄の扉を大きく開ける。
レイラは腰にある大剣を抜き、振り上げた。
「殺してやる!」
納得できない理屈で、殺されてたまるか。死んでたまるか。
食われる前に、殺してやる――!
レイラはがむしゃらに剣を振るう。
ギャンダルディスの鱗が飛ぶ。血が噴き出す。
それに見て、恍惚として、愉悦的な感情が生まれてくる。笑いそうになる。頬がかゆくなる程熱い。
「陛下! おやめください!」
後ろから羽交い締めにされた。ロルの粉をかぶった、近衛兵だった。
「どけ! 殺す! 殺すんだ!」
「落ち着きください! かわいがっていた竜ですよ!?」
それが何だ。殺す、殺す、殺す、殺す。
全部、全部、竜も、人間も、全部、全部……!
視界が、頭の中が、赤く染め尽くされていくようだった。
* *
気がつくと、後宮の、自分の部屋のベッドにいた。
静まりかえっていて、レイラがシーツを擦った音すら聞こえてくるほどだった。かすかにカーテンから覗く空は、暗闇が広がっている。いつの間にか、夜になっている。
レイラは身体を起こすと、頭痛がした。
「っ……」
こめかみに手を当てる。
何が、どうなったんだっけ。ギャンダルディスに剣を向けて……近衛兵たちに止められて……薬を、飲まされた? 睡眠薬か、何か……。
頭を振りながら、ベッドから出る。いつの間にか、寝間着を着せられていた。
……どうして、あんなに攻撃的になってしまったのだろう。
あれほど殺意を持ったことはない。怒りが怒りを呼び、殺意、嗜虐心へと変わっていった。あのままだったら、さらに大きな感情に、呑み込まれていたような感じだ。
頬も、火傷でもしそうなほどに熱かった。
レイラは立ち上がり、窓へ寄った。カーテンを大きく開けようとして、びくりと止まった。
頬にある片翼の竜。
その片翼が、かすかに、ほんのかすかに、薄まっている気がする。ギャンダルディスに会う前よりも。
レイラは頬のあざを撫でる。
翼。
翼。
理性。戦闘本能を抑制するもの。支配欲、戦いへの欲に身を落とすたびに、失せる力。
……寿命。失われていく命。自分の命。
消えたとき、食われる。
「い、やだ……」
爪でなぞる。小さなあざ。小さな翼。小さな命の灯火を。
「いやだ、いやだ、死にたくない……!」
レイラは竜に食べられたリリトの死に様を、思い浮かべた。
鮮烈で、強烈な、近づく死の足音。
レイラは窓から離れ、ベッドに再び沈み込む。うつぶせで、シーツを握りしめる。
いやだ。どうして? どうして死ななくてはならない? リリトを見捨てていれば、長生きできた? それとも、その前に、ベランジェールの手引きで逃げていれば?
いやだ。こんなことを考えることもいやだ。
ふわ、と頭をなでられた。感触はないのだが、確かになでられた気配。
ゆっくりと身体をひねらせる。
人間型のギャンダルディスが、レイラの髪を梳くようになでていた。うつむきがちのギャンダルディスは、何も言わずにレイラの頭を撫で続ける。
「い、やだ。ギャンダルディス、死にたくない……!」
『…………』
レイラは自分の半分の背丈しかないギャンダルディスの足にすがりついた。
「お願いだ。ギャンダルディス、生きたいんだ。死にたくないんだ」
死ぬことなら、いくらだって機会があった。だけどそんなことは望まなかった。リリトと、自由になって生きたいと望んでいたから。
父に、ギャンダルディスに、会いたいと思っていたから。
「助けてくれ。食われて死ぬなんて、いやだ……!」
『王の間』の向かいに、『竜の間』がある。鍵は王が所持することになっている。レイラは以前、父と共に『竜の間』に入ったことがある。そこに飾られていた、子どもの竜がたくさんの竜に食われる絵が、レイラの頭にこびりついて離れない。あんなふうに殺されるのか、と。
「教えてくれ、ギャンダルディス。私はどうしたらいい? どうしたら、生きられる? 何百年も生きていて、いろんなことを知ってるんだろ? 今までのように、どうしたらいいのか、教えてくれ……!」
薄い生地の服をつかみ、レイラは見上げ、懇願する。
大国ブレンハールの頂点に立つ女王としての誇りなんて存在していなかった。助かるためなら、ぼろ切れをまとった奴隷になったってよかった。
ギャンダルディスは重そうに腕を伸ばし、レイラの頭を再びなで始めた。そしてそのまま手は背に移り、やわらかく上から覆うように抱きしめる。
不安定な形で、二人は抱き合った。
『……僕が、全部食べてあげるから』
絞り出されたささやきが、レイラの耳の鼓膜を確かに震わせた。
ギャンダルディスの足をつかんでいた手の力が、抜ける。両手はだらんと床についた。
ギャンダルディスの答え。そう言うしかなかったこの子どもの心情。……そして本当に、食われて死ぬということ。全てが理解できて、どうしようもないことだと、胸の中に落ちていく。
王道はただひとつ。まっすぐに向かうその道の終わりが、レイラにはよく見えた。