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翼なき竜
20. 女王の子(3)
「まあまあ宰相様、わたしに話とはなんでしょうね」
「少し静かにお願いします」
宰相の前にいるのは年老いた女官・マガリ。女王が王女時代から付き従い、世話をしたという。
マガリは後宮の部屋で刺繍をしている最中だった。
「お話は結構ですけど、刺繍をしながらでよろしいでしょうか? 急ぎの仕事で……」
「はい、よろしいですよ」
マガリはにこにことした顔でレースのふちに、赤い糸で何かを形作っている。
「花、ですか?」
「ええそうです。薔薇の刺繍です。昔からわたしはこれが得意で」
薔薇はまだ薔薇ではない。宰相には完成形が想像できなかった。
「それで、何の話ですか、宰相様」
「……七年前の女王陛下の監禁事件について、お話を聞きたいと」
マガリの顔が、すっと真面目なものとなった。そしてあたりを見回す。
すでに宰相が人払いをしてあるから、この部屋や周囲には他に誰もいない。
監禁事件のとき、女王に付いてきて閉じこめられた女官が誰かは、宰相にはわからなかった。
しかし、女王の古参の女官である彼女は、何かを知っているはずだ。彼女は今、女王の最も近しい女官だ。
「……何の話でしょう。関所を通してくれなかった、という話でしょうか?」
「いいえ。本当の話です。……デュ=コロワ様から聞きました」
彼の名を出すと、マガリは、ああ、と言った。
「何を思って今更……。なぜ聞きたいのですか?」
「それは現在、明かせないのです。申し訳ありませんが」
女王に子どもがいるなんて噂が広まれば、大変なことになる。最重要極秘事項である。
白黒はっきりつけるまで、これはおおやけにできない。
マガリは刺繍を手早く続ける。
「何を聞きたいんです?」
「全てを」
全て、とマガリは反芻した。
しばらくしてからマガリは刺繍の手を止め、話し始めた。
「そもそもガロワ城に泊まる予定はなかったんです。ガロワ領を通って王城に帰るところでした。ところがリリトという女官が、ガロワ城に泊まりましょうと言いました。彼女は別の領主の娘だったのですが、ガロワの領主であるグレゴワールと親戚づきあいから親しくしていたというのです。彼からぜひ王女殿下を城に招くように言われたと、彼女は言いました」
「リリト……現在もおられる女官ですか?」
「いいえ。城攻めの日に事故で亡くなったと、陛下がおっしゃいました」
ふと不思議に思った。
「……? 女官は全員、地下牢に閉じこめられていたのではなかったのですか?」
「いいえ。女官のうちリリトだけ、なぜか地下牢に入れられませんでした。わたしたちは一年、恨んだものです。あいつがここにおびき寄せたからこんなことになった、裏切り者、という具合に。ですが解放された後、陛下がおっしゃったのです。リリトは一年、陛下の世話をし、陛下をなぐさめたと。そして陛下は恨んでないともおっしゃってました」
宰相はあごに手を当てる。
「そのリリトさんは、どのような方でした?」
「明るい女官でした。陛下と年が近くて、陛下のお気に入りの女官でした」
その女官が生きていれば、一年何があったのか、わかっただろうに。
「陛下は本当に気に入っておられたようでした。陛下が監禁された部屋というのは、ガロワ城でも塔の一番上の部屋だったそうですが、その部屋の前には、逃げ出さないよう、竜が階段の前に足を鎖で繋がれて、通せんぼしていたようなのです」
「でも、陛下は『泰平を築く覇者』ですから、竜がいても平気でしょう?」
もちろん部屋には鍵がかかっていただろうが、見張りが竜であるというのなら、人間が見張りであるより逃げやすかったはずだ。
マガリはうなずく。
「そうです。陛下のみなら、逃げることは多分可能だったと思います。でも、リリトは普通の人間です。竜に近づけば切り裂かれ、食べられてしまう。かといって陛下のみ逃げれば、一人残されたリリトは殺される。陛下はリリトのために、残られたのだと思います」
女王のお気に入りの女官、か。
彼女は本当に裏切ったのか? 一年、女王とリリトはどのような暮しをしていたのか?
「他の女官たちとわたしは、励まし合って一年を過ごしました。とにかく陛下が心配で心配で……そして、城攻めの日、フォートリエ騎士団の方に救出されました」
「……陛下は?」
「陛下は……大変だったと聞いています。どうやら竜のつながれた柱が城攻めの影響で折れて、竜が暴れたそうです。そのときにリリトが死んだのだとか。陛下は暴れる竜を殺し、逃げ出して、フォートリエ騎士団のブッフェン団長に発見されたと」
そうだ、ブッフェンもこの事件の当事者であった。
しかし今までの話を聞いても、子どもの『子』の字すら出てこない。
やっぱり女王に子どもがいるなんてことは、デュ=コロワの杞憂だと思う。……そう思いたいだけ、だろうか。
気弱にマガリは見上げてくる。
「これで、よろしいでしょうか? あの、宰相様。くれぐれも、この事件のことは内密に……」
「わかっています。私も広めるつもりは毛頭ありません。あと、最後に訊いていいでしょうか」
「何でしょう」
「陛下は監禁されて一年後、何か変わりましたか?」
マガリは戸惑ってあらぬ方向を見た。
「それは……変わりますよ……いろいろと。目に見えて違ったと言えば、やっぱり、竜のあざから、片翼が消えたことですけれど」
「え? あざが消えたのは、そのときなんですか?」
即位前後になくなったと聞いていたが、この時期だというのは初耳だ。
「そうですよ。デュ=コロワ様は、精神的なショックからではないかと、おっしゃってました」
精神的なショック。
宰相は沈黙した。……いやいや、考えすぎだ。監禁されただけでも十分なショックではないか。
「他には……一年後の変化、というのとは違うかもしれませんが、戦争を経て即位後、ひとつきほど、陛下は荒れてましたね。なんてったって、かわいがっている愛竜のギーに大剣を振り回したくらいなんですから。……これも事件の後遺症、でしょうかねえ。しばらくしたら落ち着かれたんですが」
後遺症、という言葉も宰相の心の中に沈殿する。
「……それらのことに対し、陛下は何かおっしゃいましたか?」
「いーえ。もう、絶対お話になりませんよ。宰相様だってご存じでしょう? どうして片翼が消えたのかって話はタブーだと。荒れたときの話も同じですよ」
マガリは怖がるように首をぶるぶると振る。
宰相はそうですか、と言った。
これ以上事件当時の女王のことを知っている人間はいるだろうか。
ガロワ側の人間は、領主が死んだのにならった人間がほとんどだ。特に城の奥にいた兵士たちは、城自体が燃えたこともあって全滅。
ガロワ家で残ったのは、グレゴワールの父親で、現在も行方不明のナタン。
彼を捕らえればわかることもあるだろうが、七年経っても見つかっていないのだ。高齢であったし、もう死んでいてもおかしくない。
現在のガロワの領主はまったく別のところから据え置いた貴族。今の領主に聞いても何も知らないだろう。
知らない話を聞けるとすれば、ブッフェンか、女王。
女王は真っ先に却下。
ブッフェンは……話すだろうか。いまいち信用できない気がする。そうだ、彼は以前、女王を侮辱した人間だ。こんなデリケートな問題に絡ませたくない。
結局、デュ=コロワの調査結果を待つまで結論は出なさそうだ。
* *
宰相は女王に代わって国務を担っていた。
女王が病気の間のみの、臨時の代行である。
城を開けるわけにはいかなくて、ほとんど毎日王城に泊まりこむ。
その彼は、いきなり自身の館に戻ってきた。
「父さんいますか!」
宰相の館に泊まっているサラフは、目を丸くする。
「どうしたんだ。仕事が終わったのか?」
宰相は急いでサラフの前まで駆け寄り、書類を取り出した。
「ここに、サインをお願いします」
「……何の書類だ?」
「北の領地の線引き問題について、和解勧告のためのものです。私のみの力では少々危ういので、父さんの名前も貸してもらおうかと」
「儂の? 引退したし、儂の力なんぞもうないぞ?」
「またまたご謙遜を」
むう、と言いながら、サラフはサインするためのペンを求めた。
父は現在、宰相の館に滞在中である。兄のラシードが結婚し、正式にイルヤス家を引き継いだことから暇ができ、宰相に会いに来たのだとか。
だがちょうど女王が病床についた時期と重なり、宰相は王城に泊まり込んで仕事をし、父とろくに話もできない。
女王が回復して宰相とゆっくり話ができるようになるまで、ここにいるのだという。
父が長い名前を書いている間、宰相は黙っていた。
書き終わった書類を受け取り、もう一度王城に戻ろうとした宰相の背に、サラフは心配気味に声をかけた。
「イーサー、最近何かあったのか?」
ぴくりとこめかみが引きつる。
同じ事を、女王にも言われた。『何かあったのか』と、見舞いに行ったにもかかわらず、逆に心配された。
「……私、普段と違いますか?」
「ん? なんとなく、落ち込んでいるような雰囲気がしてな」
「…………」
自分は落ち込んでいるのだろうか。
何に?
……こんな事件が発生したこと事態に、である気がする。
宰相が仕事に追われている間に、時は過ぎていった。考える時間を与えてくれずに。
女王の病状は安定し、一週間後には公務を再開できる真夏になって――
「久しぶりですねえ、宰相閣下」
書類を部下に渡した宰相に、手を上げて近づいてきたのは、ブッフェンだった。
その後ろにデュ=コロワがいる。
「……何のために、城に?」
「何のためにとは薄情な。忠実なる臣下として、陛下の見舞いに来たんですよ」
と言って、酒瓶を取り出すブッフェン。明らかに見舞い品の選択が間違っている。
「すみませんが、陛下は禁酒中ですので、お酒は」
「ありゃ、まずかったか。まあいいや、後で飲もう。一緒に飲むか?」
ブッフェンは酒を振り、その酒のうまさを喧伝する。宰相は首を振り、ひかえめに固辞した。
「ブッフェン。先に行って、私の分も陛下によろしく伝えておいてくれ」
デュ=コロワの低い声に、ブッフェンが首をかしげた。
「行かないのか?」
「……まず先に宰相と話すことがある」
デュ=コロワの向けてくる暗い表情を見ると、宰相は背筋が震えた。
宰相は彼を以前と同じ、マロニエの木が見える部屋に招く。どちらもが顔を強張らせている。
どっしりとしたテーブルに向かい合うように座り、沈黙の時が流れる。
デュ=コロワは腿の上にこぶしを置いたまま、顔をうつむかせていた。
その様子を見るだけで、宰相はデュ=コロワの報告がどんなものであるか、予想がついていた。
デュ=コロワはしばらくして、調査結果を報告した。
「レミーという、女王の子だと公言する子供は、孤児だったそうだ。赤子だったレミーを、七年前、ガロワの領地で旅の老人が拾ったのだとか。その赤ん坊は上等の絹でくるまれ……シールリングを持っていたと」
「シールリング……」
シールリングとは、紋章が彫られた指輪だ。それを使って封蝋すると、個人や家を特定されることにもなる。
「……王女時代の、女王陛下の紋章だ……」
「…………」
頭の中で、彼の声が痛いくらいに響き渡る。大鐘の中に頭を入れたかのように。
一筋の光にすがり、宰相はデュ=コロワに問う。
「その紋章を、デュ=コロワ様は直接見たのですね?」
「ああ。見て、確認した。レミーの顔も見た。……やはり、グレゴワールに似ていた。レミーを育てた老人にも、話を聞いた」
「その老人はどこのどういう人です?」
デュ=コロワは初めてまごつきながら話す。
「レミーと共に各地を旅していたそうだ。所作は礼儀正しいものの出身や名前は答えてくれず、そこが怪しいところだ。……ただ、七年前に立ち寄ったガロワの領地で、捨てられていたレミーを拾ったと言う。そこはつじつまが合う」
捨てられた、と聞いて、信じられない思いがする。
自分の子どもを捨てる――あの女王が。
現在彼女の元におらず、旅して回っていたというなら、結果的にそういうことになるのだろうが。
それでも、捨てた、というのは、受け入れがたい話であった。
「他には何か気になったことはありますか?」
宰相が問うと、思い出したようにデュ=コロワは言った。
「赤子であったレミーを包んでいた絹。それには赤い薔薇の刺繍があったそうだ」
「また仕事を邪魔してしまいますが、お話よろしいですか?」
再び後宮におもむいて、宰相がマガリに尋ねた。
ちらりと彼女の手元を見る。
マガリの手にある布には、赤い薔薇の刺繍があった。
彼女は一人ではなく、他の女官達と刺繍をしていた。が、宰相が来たことで、他の女官は席を外した。
再び宰相がやってきたことにマガリは戸惑い、眉をひそめた。
「……また、あのお話ですか? あんな事件、忘れるに限ります」
マガリは吐き捨てる。
全くもってその通りだと思う。
宰相も、この話がここまで広がりを見せなければ、事実が明らかにならなければ、七年前の事件の真実を聞いても、忘れるよう努力しただろう。だが、もはや忘れてすむ問題ではない。
別の女官が座っていた丸椅子に、宰相は座る。
「マガリさん、この赤い薔薇、昔から刺繍していたと言っていましたね?」
「そうですよ。昔からこれだけは自慢できます」
マガリは刺繍を誇らしそうに見せてくる。
これがレミーのくるまれていた布の刺繍と同じものか、それはわからない。……が、十中八九そうだろうと、奇妙な確信があった。
「……これから話すことは、極秘事項です。決して誰にも漏らさないでください」
と言いつつ、宰相は苦笑いを浮かべたくなった。
レミーはデュ=コロワの領地で自分が女王の子だと言いふらし、周囲の人間にシールリングを見せ、噂はかなりの勢いで広がりつつあるという。
こんな口止めは無意味かもしれないが、今のところはしなければならない。
「な、何の話でしょう……わたしはしがない女官で……」
マガリは困惑しながら眉根を上げる。
「女王陛下の子だと公言する子どもが現れています」
端的に宰相は言った。
マガリは目を見開く。そして次第にがくがくと手を震えさせ始めた。
危ないと思い、宰相は布と針を取った。
「女王陛下の……!?」
「そうです。女王陛下の王女時代の紋章のシールリングを持ち、赤い薔薇の刺繍のある絹にくるまれ赤子のときに捨てられた、六歳の子どもです」
「あ……ああ、あ、あああ……」
悲しみとも喜びともつかぬしわがれたうめきが漏れる。
マガリは顔を覆った。
指は震え、白くなっている。
「生きてた……ああ……」
「やはり、何かを知っているのですね」
マガリは泣きながら、こくこくと首を前に振る。
「話してもらえませんか」
そう促しながら、宰相の心の中に、身を乗り出して聞く気持ちは微塵もなかった。
泣きやんでから、マガリは話し始めた。
「七年前の事件……戦場となった城から救出された次の日、わたしは女王陛下に秘密の頼まれ事をされました。……隠れて、赤ん坊の世話をしてほしいと言われたのです。がれきの影に隠されていた赤子を見せられたとき、わたしは息を呑みました」
宰相も今、息を呑んだ。
やはり、女王は話に関わっていた。今までの調査から、そうでないわけがないとは、わかっていたけれど。
宰相は少しの間、目をつぶる。
「何も聞くな、と陛下はおっしゃりました。だからわたしは何も言うことなく、その赤子の世話をすることにしました。けれど……」
マガリは宰相に訴えるように顔を向ける。
「けれど、他の女官達に隠れて世話をするのは難しかったんです! 乳を手に入れるのも、世話をするのも。だって他の人たちには知られるわけがいかず、かといってわたしがどこに行ったと探されて赤子のいる場所を知られるわけにもいかず。ここにいる間だけだからと陛下には言われましたが、思いの外そこでとどまることになって……一ヶ月後にはぼろぼろになっていたんです……でも、そんなことは言い訳にならない……」
マガリは再び顔を覆う。
「一ヶ月後のある日……赤ん坊が、消えていました」
「消えた?」
「そうです、少し目を離した隙に。赤子には陛下のシールリングを常に身につけさせていたから、もし誰かに見つかったとしても、おそらくすぐに見つかると思っていたのに。どこを探しても、どれだけ探しても……わたしのせいなんです」
宰相は彼女の背をなでた。
「おそるおそる泣きながら陛下へ言うと、『あの赤子は敵方の子だったのだ。ただ殺すのは忍びなく、ここで秘密裏に世話をし、あとは里子にだそうと思っていた。消えたのならそれは仕方ない。優しい誰かが捨て子と思って育てるならそれもいい』と、わたしは慰められました。……次第にわたしはそれを信じました……」
きっとそれを言ったときも、マガリは今のように泣いていたのだろうと思う。思わず慰め背を撫でたくなるような、ぼろぼろの様子で。
「だけど……わたしは知っていました。陛下はガロワの領主たち、敵方を過剰に憎んでいました。デュ=コロワ様やブッフェン様には言っていなかったようですが、何度も死んだ彼らを罵倒するのを、わたしは見ていました。その陛下が、憎んでいた敵方の子どもを見つけ、わざわざ隠して育てさせるとは、思えなかった。関係ない子であればシールリングを持たせるはずがなかった。それに」
マガリの瞳に涙がたまる。
彼女は言葉を切って、おえつする。持っているハンカチが震える。
感情の高ぶりが静まるのを待たず、マガリは続けた。
「監禁されていた陛下に、おぞましいことがあってもおかしくないと……もしかして、この赤子は陛下の子ではないかと、抱きながら……何度も思いました。だけど陛下自身が否定するならそうなのだと、自分のために信じたのです。けれど……やはり、陛下の子だったのですね? それをわたしは……ああ、わたしは……」
罪悪感に苦しむマガリの背を宰相は撫で続けた。
待ち望まぬ真実が明らかになった。
もういい。
これ以上は、もういい。
「宰相」
マガリを落ち着かせて部屋から出ると、デュ=コロワが待っていた。
「彼女の話はどうだった」
早く聞きたいという気持ちと、それを表に出さないようにしようという気持ちが混ぜられた顔。
「……デュ=コロワ様の話を、裏付けました」
月影に照らされたデュ=コロワは、黙っていた。
窓から見える月は、細い三日月だ。青い冴えた月が、ひかえめに光を放っている。
宰相は重い足を動かす。
ひどく、全てが億劫だった。真実を知ろうという意欲は、とうに失せている。
デュ=コロワも沈黙を守っている。
カツカツ、と活動的な靴音が響いてきた。
「……ブッフェン」
デュ=コロワが顔を上げ、声をかけた。
彼は場違いなほどにはつらつとしている。
「なんだか拍子抜けしましたねえ。病気で一ヶ月も寝てるっていうから、どんだけ弱ってるかと思ったら、大剣を振り回して鍛錬してましたよ。もう完全回復でしょ、あれは」
ブッフェンは肩をすくめてみせる。
「お元気そうだったのですね?」
「ああ。もう病人じゃねえさ」
ならば、精神的耐久力も回復しているだろう。
億劫な身体を動かし、宰相はデュ=コロワに向き直る。
「……陛下に伝えてきます」
デュ=コロワは彫像のように一拍ほど固まったが、すぐに、
「いや、私が行って、私が説明しよう。宰相はここで――」
「結構です。国政にも関わります」
事務的に言い放ち、宰相は二人を置いて歩き始めた。女王の部屋へ。
……事務的にでもしなければ、やってられない。
女王に告げることすら、いいことなのかわからない。
だが、生き別れた息子の所在が明らかになった、と考えると、もしかしたら女王にとってはたまらなく嬉しいことなのかもしれない。彼女にとって、ずっと待ち望んでいたことなのかもしれない。
そう思い、立ち止まりたくなる足を奮い立たせる。
行かなければならない。告げなければならない。これは義務だ。
どんなに、足が重くても。