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翼なき竜


 15. 英雄の場(3)


 エミリアンは命の灯火が消える間際、娘に願いを託した。
「わしを、殺せ」
 宰相は口を挟んだ。
「……陛下、エミリアン様は、意識が混濁されているようです」
「貴族風情がしゃしゃり出るな……! わしと、女王との話だ」
 エミリアンは宰相にきつく言う。
「……なぜ、私が父上を殺さなければ、ならないのですか?」
 女王は父親の身体にすがりついた。
「女王、お前に王になってもらいたいからだ。辞めるだとか言い出すような中途半端さのない、正真正銘の王に、お前はなるのだ」
 宰相は止めたかった。しかし、今際の際にいるエミリアンの言葉――かつての至高たる王の言葉を、どうして止められるのか。
「竜の血を引く王家……全ての歴史と国民を背負う責任感が、お前には足りない。責任の重しが足りないのだ。だから――わしを殺せ。わしを殺し、わしの屍を越え、わしがこの世に存在しないことを重々知った上でわしの跡を継ぎ、今度こそ立派な王となるのだ」
 やめてください。
 宰相はそう叫びそうになった。
 女王は十分に責任と罪を背負っている。それを自覚している人だ。
 責任と善悪の判断に惑う彼女に、これ以上、望まない罪を犯させ、罪の意識を押しつけようというのか。その罪の意識により、王位に縛りつけようというのか。
「今度こそ、わしの死をもって、わしの跡を継ぐのだ。わしの血を浴びればお前も、二度と王をやめるなどとは言うまいな? たとえもしそう思うときがあっても、わしの死に様を思い出せば、そんな気も失せるはずだ」
 女王は病み衰えたエミリアンと目を合わせる。
「……父上にそんなこと、できません……」
「するのだ。死のうという父の言葉、聞いてくれ」
「そんなこと……」
「このままではお前は王としての覚悟が決められぬ。それとも、これからお前は王として立派にやっていけると、言えるか?」
 女王は口を噤む。
 言えるはずがないのは、宰相にもわかる。
 善悪すらわからなくなった、と彼女が言ったのはついさっきだ。王としての指針、自身の倫理観に迷いを持ち始めた彼女は、王としての意欲を失っている。
「……もしこのまま病で死ねば、わしは不安と悔いを残す。お前に殺されたならば、これからの王国の未来を信じ、安らかに逝けるだろう。レイラ、父を安らかに逝かせてくれ」
「父上、死なないで。生きてください」
「無理だ。もうわしは死ぬ。どうせ死ぬのだ。わしの望むとおりに死なせてくれ、レイラ」
 エミリアンは病のために苦しい口調で、ゆっくりと頼んだ。
「わしが望むのは、王が王である――それのみだ。お前はわしを慕ってくれていたな。その情があるのなら、わしの最期の願いを叶え、わしを殺してくれるな? わしのただ一人の、愛しい娘よ……」
 エミリアンは力を振り絞るようにして手を上げ、女王の栗皮色の髪をなでる。父から娘への、慈しみ溢れた愛撫。
 女王は父の骨のような腕に触れ、撫でさする。そして目を閉じる。
「……他の者はみな、部屋から出て行ってくれ」
 静かに女王は命じた。
「陛下それは……!」
「出てくれ。そして……私が出るまで、この部屋には誰も入るな」
 宰相の言葉を女王は遮った。女王の背は『何も言うな』と言っていた。
 何も言わず、医者、部下、セリーヌは歩き出す。
 宰相は何かを口にしようと、幾度も口を開きつつ、言葉にはできなかった。
 無理やりにでも彼女をエミリアンから引き離したかった。これから起こる悲劇の舞台に立たせたくなかった。
 女王はちらりと振り返る。宰相の表情を見ると、氷のような顔を少しだけ溶かした。
「……お前は、やさしいなあ」
 彼女は目を細め、乾いた微笑みを浮かべる。
「セリーヌ様、宰相を部屋の外に連れ出してください」
「はい」
 女王の義母であるセリーヌは、宰相の手を引く。
「待って、待ってください!」
「……宰相様、おやめなさいな。もう運命の車輪は動き出しました。わたしたちにできるのは、それを見守るのみでございます」
 セリーヌは淡々と告げ、宰相を部屋の外に連れ出す。
 両開きの扉が、固く閉じられる。
 閉じられる瞬間、女王は再び背を向けていた。

 部屋の外の廊下に、みなが揃っていた。
 部屋とは反対側の窓からは田園が見える。一見どこかの農村のようであるが、人工的に風景として作られた村に過ぎない。真実ではない、飾りの風景だ。
 驚くほどに、セリーヌは、エミリアンの部下は、医師は、静かであった。察して静かと言うよりも、無関心さが混じっているように感じるのは、宰相の気のせいだろうか。
 その場にいる者は、待っていた。
 ……それを待つという残酷さをひしひしと感じながら。
 宰相が部屋を出てからしばらくして、部屋から物音がした。人の声も。
 反射的に、全ての人間が部屋の豪華な扉に目を向ける。
 物音は、それ一回きり。
「雷が落ちたのでございますわ」
 なんてことなさそうに、セリーヌは言った。
 そんな彼女の見る窓からの風景は曇り空であったが、雨は降っていない。雷の音は……他には聞こえなかった。
 宰相は絶望感に満たされていた。唇を噛みしめながら、ここにただ立っている自分に、無力さを思い知っていた。

 扉が再び開いた。
 死神のように白い顔の女王が、ゆらりと一歩、部屋の外に出た。
 誰かの喉を鳴らす音すら響くほど、静かだった。
「……父上は、病死した」
 一歩、彼女は前に出る。
「と、国中に知らせろ。葬儀の準備を――宰相」
 はっと目が覚めたように宰相が顔を上げる。
 それでも彼女の顔が見れなくて、扉の先の部屋の中に視線を移す。
 部屋の中には何一つ動くものはない。ベッドも、ふくらみがありながらぴくりともしない。
「……はい、すぐさまに」
 頭を下げて上げて、ようやく見た女王の顔は、死んだような顔をしていた。
「それと、ジャキヤ地方へ、洪水被害の支援のために派兵する準備を」
「準備は調えさせているところです。明日には出立できます」
 女王が驚いたように宰相に目を向ける。
 軍の最高司令官は女王である。派兵の準備を、女王の断りなくする権利は、宰相にはないのだ。
 準備をさせるだけとはいえ、これは越権行為だった。
 しかし女王は目を細め、手を伸ばし、おもむろに宰相の肩を叩いた。
「ありがとう。……全ての準備、頼む。私は……しばらく、教会にいる」
 女王はそう言うと、一人機敏に歩き出した。
 彼女の姿が見えなくなって、誰かが、ふう、と息を吐く。
「……エミリアン様のご遺体は、私たちが何とかいたしましょう」
 医師とエミリアンの部下がそう言って、部屋に入っていった。
 宰相は彼自身の部下を呼び、全国各地へ伝令を走らせる。
 二十年王であった方が、現在の女王の父である方が、病気で、亡くなったと。
 死の鐘を撞かせ、明日には城下では黒い旗が掲げられるだろう。それは各地へと広まるだろう……。
 洪水被害のための指示もさせ、部下全員を走らせたとき、そこにはまだ宰相以外に、セリーヌがいた。
 王太后は窓から人工的な田園風景を眺めていた。いつもと変わらぬ日であるかのように。鴉が遠い空を飛んでいる。
「……やはり、ここから見る風景が一番美しいですわ。だって近くへ行くと、靴が土で汚れることもございますし、水車の音もよろしくありませんわ」
 パーティの歓談するときのような話題であった。
「王太后様、無理をなさっているのでは」
 何しろ、夫を義理の娘に殺されたというのだ。どのような感情が渦巻いているのか、わかったものではない。
 おっとりとセリーヌは答える。
「宰相様。貴方って陛下がおっしゃるように、お優しい方でございますわね。三十年連れ添った夫が死のうとまったく心が動かされない妻、という存在なんて、信じられないのかしら?」
 セリーヌはくすくすと笑う。宰相の表情がこおりついた。
 部屋の中では、エミリアンのなきがらの周りで、彼の部下達が準備をしていた。
 二十年王であった方なのに、その彼に付き従っていた部下達だというのに、黙々と作業を続けてる。誰も――哀しむことはなかった。
「エミリアン様は、王でございましたわ。夫でも愛する人間でもございませんの。だからあの方が望んで殺されたというなら、それもよいのではございません? あの方がわたしや他の人間に望むのは、肯定の言葉と命令に素直に従うことだけでしたもの。『そうでございますわね』って言っていれば、あの方はなんだって満足なさったのよ。単純な方ね」
 従順な王太后だと思っていた彼女から出た辛辣な言葉に、宰相は相づちも打てない。
「どうして素直に従っていたかというと、王だから、という理由以外ありませんの。王でなかったらわたしは連れ添っておりませんでしたし、部下の方達も従っておりませんでしたでしょう。あの方には、王という価値しかございませんでしたわ。悲しいことに、あの方自身もそれをよくわかっていらしたの。だからこそ、王というものにどんどんと固執していかれ、王の権力を強化なさったわ。……悪循環と言うのかしらね」
 他人事のような口調だった。愛する夫が亡くなったばかりの妻の口調でも、言葉でもなかった。何かの研究題材を、第三者として見て、推論するような。
「エミリアン様の自我は、王という立場と混同されていた。王が自分だと思い始めていらっしゃった。あの方は誰よりもご自分を愛された。だから、次の王位を継ぐ娘も愛された。……悲しいのは、女王陛下もエミリアン様を愛されたことでございますわ。エミリアン様は自身が誰よりも素晴らしい王であるということを、女王陛下にすり込ませていた。王を非難する方、政策に異を唱える方、あの方が王であったとき、そんな方は全て排除されてございましたもの。そうやって、レイラ女王陛下はエミリアン様の素晴らしい面しか見ることを許されなかった。……結果、盲目的に父親を敬愛なさる。……そして今回、敬愛する父親の最期の願いを、孝行娘らしく、陛下は叶えて差し上げた。……そういうことですのよ」
「ずるい……です」
 宰相がうめくと、セリーヌは微笑んだ。
「そう、あの方はずるいの。娘が断れないとわかっていて、頼みましたのよ。娘がこれからどれほど罪に苦悩するのか、わかっていたのに。あの方は自分――王という立場のことしか考えてらっしゃらなかったから」
 窓から見える田園風景。まるで一枚の絵画だ。
 遠くにある水車が細かく動く。小さな川が、重くたれ込める雲を映していた。
「わたし、久しぶりにここ最近の女王陛下を見て、思いましたわ。陛下って破滅型のお方だって。いつか重圧に耐えきれず、発狂してもおかしくありませんわね」
 そんなことを、ごく軽く、セリーヌは言った。


 教会の天井は限りなく高かった。ステンドガラスから淡い光が落ちる。
 中央には彫像がある。神が中央に立ち、左にいる人間と右にいる竜に手をかざしている。
 竜と人間との宥和を描いたその彫像は、どこの教会にでも飾ってある。
 ただしここのものは立派な大理石だ。有名な彫刻家が昔作成したもの。
 その下にはパイプオルガンがある。パイプは左右に何本も立ち並ぶ。この国屈指の大きさのパイプオルガンだ。
 中央には広めに道を作り、左右対称に、ベンチが並んでいる。
 そのベンチの端に女王が座っていた。その斜め前に老神官が立っている。
「……王であった父上が、あんな死に方をすべきだったのだろうか。あれほど立派だった父上は、本当にあんな死に方をしなければならなかったのだろうか……」
 女王の弱々しい問いに、老神官は厳かに答える。
「肝心なのは、死に方ではなく、どのように生きたか、じゃ。生きていたときのエミリアン様は、女王陛下に何を残しましたかな? エミリアン様の死は、陛下に何を与えましたかな?」
「死が、何を与えたか……」
 女王は何かを考え込むように反芻する。
 老神官は近づいてくる宰相に気づき、微笑みながら礼を取る。
 絨毯の敷かれていない暗い場所を歩いたもので、靴が鳴った。
 女王が振り返る。こちらがびっくりするほどに、彼女は驚いていた。
「……急に、暗闇の中から現れないでくれ。心臓に悪い」
 そう言いながら、女王はベンチに座り直す。老神官は静かに立ち去った。
 宰相は女王の隣に座った。
 隣にいる彼女は、正面にある彫像を見上げている。
「……葬儀と洪水被害の援助の準備は、できているのか?」
「命じておきました。どちらも明日に」
 そうか、と女王は言った。
「……『英雄』という劇を知っているか? 今城下で流行っているやつ」
「いいえ。勉強不足で」
「あ、そうか。私がお前に仕事を押しつけたから、芝居を見る暇もなかったんだな。……すまなかったな。もう大丈夫だから」
 大丈夫、とはどういう意味か。
「私は、女王を続けるから。たとえ必要でなくても、私は生涯、王であり続ける。王家の血を引き継ぐ者として――父上の子として、私は全力を尽くす。二度と蛮行をしない。絶対なる権力を正しく使う王でいよう」
 女王は宣言した。高らかに歌い上げるではなく、低く静かな声で。こんな教会の片隅で。
 太腿の上に置いてあった彼女の手が、ぐっと握りしめられた。ベールに隠れ、彼女の表情はよくわからない。
 宰相は彼女の手の上に、自身の手を重ねた。そして、柔らかく包む。
「私が、いますから」
 息を呑む音が聞こえた。そして、彼女の身体が傾き、宰相にしなだれかかる。
 宰相は彼女の肩を抱いた。
「……父上は……殺されて、本当によかったのだろうか」
 ――よかったわけがない。
 女王にとって、これがよかったはずがない。
 宰相にとってエミリアンは、王と王家のことしか考えない人間で、どうしようもない自己中心的な人物だ。彼が玉座にいた二十年間の政策だって、非難を封じ込めるばかりの自我を押し通すそれが、全て正しかったとは思えない。
 彼は王は神だ、と言った。つまり自分は神だ、と言ったも同然だ。だが宰相にはとてもそう思えない。欠点のある人間だ。それも、その欠点が大きすぎる人間だ。
 けれど女王にとって、そうではなかった。敬愛する父親だ。
 その父親を手にかけたことが、彼女を良い方向へ変えるはずがない。
 よい要素など、何一つない。
 だが……全て終わってしまった。
 ここで、よくない、と言っても、終わってしまったことを非難するだけだ。そして彼女の後悔を深めるだけなのだ。
「……これで、よかったんですよ」
 ぎゅっと強く、肩を抱く。薄っぺらな嘘を隠すように。
 終わってしまったことは、肯定するしかないのだ。
 この選択を否定してしまえば、彼女は崩れ落ちてしまう。
 彼女は決して肯定できない。だから、第三者が、強く肯定するしかない。
 ぽつりと女王は話し始める。
「……父上は、『王は神だ』と、よく言った。……けれど、私にとって、父こそが、王だった。父こそが、神だった……」
 女王は自身の両手をひろげる。小刻みに震えるそれを、女王は食い入るように見つめる。
 まるで、その手のひらが血に染まっているかのように、彼女は嫌悪と後悔でぐちゃぐちゃになった顔で。
 宰相は彼女の身体を引き寄せ、胸に押しつけるようにして、抱きしめる。
 どうして、彼女は血まみれの道を歩かなければならないのだろう。
 彼女が選択したとはいえ、どうして、そんな選択肢が用意されているのだろう。
 そしてこれからも、彼女はそんな道しか歩けないのだろうか……。
 女王は手を伸ばし、背に回してきた。
「お前がいて、よかった。お願いだから、離れないでくれ……」
 心細い子どものように、彼女はすがりついてくる。
 ふと、兄からの手紙を思い出した。ラシードは東の領地で結婚するという。そしてこれからも、そこを居場所に生きていくだろう。
 そのとき宰相は思った。自分の居場所は、この王城だと。
 だが、今、宰相は思う。
 自分の居場所は、王城ではない。
 女王の隣。そして、彼女を支えるためにいるのだと。
 宰相は彼女の背をなでながら、そう確信した。

   *   *

 ブレンハールから南にある小国・ドウルリアの王宮では、貢ぎ物の準備におおわらわである。
 どこへの貢ぎ物かというと、もちろん、大国ブレンハール。
 同盟を結んでいるとはいえ、立場は対等ではない。年に一度、ドウルリアや他の小国は、ブレンハールへ貢ぎ物を持って行く。
 しかし今年、ドウルリアは例年以上にその準備に忙しかった。
 去年の二倍の貢ぎ物を用意しなければならないからだ。
 ドウルリア国王は、運搬料などを含めた予算を見て、歯ぎしりする。
 なぜそうしなければならないかというと、ブレンハールとラビドワ国の戦争のせいだ。ブレンハールが圧勝したが、そのときラビドワ国へ武器支援をした、とドウルリアは疑われた。疑われただけでなく、凱旋した女王は、攻め入るとまで宣言したという。宰相が諫めてそれは撤回されたというが、疑われて戦争を仕掛けられそうになったドウルリアは、たまったものではない。
『とんでもございません。我が国ドウルリアが、どうしてブレンハール国の敵に回ることがありましょうか。ほらこの通り。今年は去年の二倍の貢ぎ物を持ってきております。我が国が従順なる小国であると、おわかりいただけたでしょうか』
 と、ご機嫌伺いをしなければならないのだ。
 ――まあ、実際、ラビドワ国へ本当に武器支援をしていたから、文句は言えないかもしれないが……。
 しかし、ドウルリア国王は歯ぎしりして、憤懣やるかたない。
 そもそも、ラビドワ国へ武器を支援したのは、日ごろ押さえつけているブレンハールの弱点を知ろう、と思ったためである。
 そうして戦い方を分析してみたが、ドウルリアがブレンハールと戦争して勝利する確率は、限りなく低い。
 勝機があるとすれば、前線へ出る女王を運良くしとめる以外ありえない。
 国土が広く、かり出す兵の数が尋常でないこともあるが、最大の問題は、竜だ。
 あの最終兵器たる竜を出されれば、もはやどうしようもない。
 ――ならば我が国も竜を飼えばいいではないか。
 とは、ドウルリア国王が若かりし頃思ったことである。現在では、それがかなり難しいことがわかっている。
 ブレンハールでは竜騎士団というものが結成されるほどに竜の飼育ができているが、他国ではなぜか、それができない。
 ロルの粉とチキッタの花を駆使しても、うまく竜を扱えないのだ。
 チキッタの花の効力が失せたと同時に竜は逃げ出す。ロルの粉を自兵にかけて、敵兵と戦わせようとしても、敵兵に会う前に飛んで逃げる。とにかく、扱いが難しすぎる。
 かといって、ブレンハールの竜騎士団に密偵を送り込み、その報告書を読んでも、近くに寄る人間はロルの粉をかける以外、特別なことをしている様子はない。
 ――竜を操る秘技さえわかれば、小国として見くびられているドウルリアとて、ブレンハールの属国となり果てないものを……。
 ドウルリア国王は、いつもそのことで悔しがっていた。
「……兄上、ブレンハールへの貢ぎ物のことで、何か?」
 玉座にいた国王のもとへ、弟がやってきた。繊細な金色の髪がさわやかに揺れる。若く、まだ妻子はいない。
「今回の貢ぎ物の使者を頼みたい」
「わかりました。それで、本当の目的は?」
 心中をわかりあえる弟に、国王はにやりと笑む。
「うむ。ブレンハールへ行ったついでに、竜を操る秘技を調べてほしい。どうすればドウルリアで竜を飼えるのかということを」
「……兄上、それはさすがに無茶です。使者が秘技を知れるほど、ブレンハールは甘くないでしょう」
「ならば、ご機嫌伺いとして、ブレンハールの女王の愛人となって取り入ってこい」
 敵対できる方法がないのなら、取り入るしかない。
 弟は整った顔立ちをしている。できないことはないだろう。
 王弟オレリアンは、やれやれとでも言いたげにため息をついたが、「御意」と言った。




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