奪ふ男
ジョーカー 3−4 (2/3)
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「私? 病気じゃないよ。お見舞いに来ているだけ」
「誰の?」
ルリは少しためらいながら、おじいちゃんの、と答えた。
どうやら、少し離れた場所に住むルリの祖父が、家の階段から足を滑らせて骨折し、入院しているのだとか。
怪我をしてからルリは毎日見舞いに来ていたらしい。
ルリの祖父というのは、僕も昔会ったことがある。子どもの足でも歩ける距離に教会があり、そこの牧師だった。その教会は僕とルリの遊び場の一つだった。
話を聞いて、なるほどだから最近急いでここに来たのか、とわかった。
けれど。
…………。
とりあえず、それは置いておいて、ルリと一緒にお見舞いに行こう。それから話そう。
日が暮れて街灯が点いて、日が完全に落ちた頃、
ルリと一緒に見舞っての帰り、僕は不満だったことを口にした。
「どうして僕に言ってくれなかったのさ」
そうしたら、デートだとか考えて不安にならなかったのに。
僕の不満に、ルリはとまどっているようだった。
「え? あ、うん。家族のことだし、あまりおおっぴらにすることじゃないかなって。すぐに退院するっていうし」
「…………」
家族のこと、ね。
僕は唇を噛みしめた。
僕はルリのことなら何でも知りたいのに、そこに壁が横たわっている。僕が、他のどうでもいい他人と同じ扱いを受けている。
悔しくて悔しくて、たまらない。
そんな理由で、僕には知らされなかった。知る機会もなかった。
――嫌だ。
他と一緒なんてごめんだ。
どうにかしなくちゃいけない。このままではいけない。
どうにか……。
そのとき僕の頭に、ふと一つのことが浮かんだ。そうだ。あの話をうまくすれば……。いやでも、そんなにうまく事が運ぶか……?
「智明、唇から血がっ」
慌てたように、ルリがハンカチを取り出している。
あ。悔しさのあまり唇を強く噛んでいたから……。
ルリは手を伸ばし、優しくハンカチ越しに僕の唇に触れる。
触れた場所から、ルリの指の温かさが流れ込んでくるような気がする。思わず陶酔してしまう。
その温かさを手に入れるためにも、僕は動かなくちゃいけない。
ルリも、それを望んでるに決まってるよね。
行動は早かった。
僕はルリの祖父が入院したことは知らなかったけれど、知っていることだってある。
ルリの家で毎朝新聞をポストから取りに来るのがおばさんだってことは、当然のように知っている。
「おはようございます、おばさん」
「おはよう。今日も元気ね」
僕はジョギングの帰りだった。ほぼ毎日僕はジョギングしている。集団の競技はあまり好きではないけれど、一人でするものは嫌いじゃない。
おばさんと少しばかり世間話をして、そして切り出した。
「少しおばさんに相談したいことがあるんですけど、いいですか?」
「相談?」
「はい。……おばさんにしか相談できなくて」
おばさんとは、ルリと同じだけ長いつきあいだ。
おばさんが世話焼きであることも、僕をかわいがってくれていることも知っている。そしてルリの家の中で、おばさんの発言力は強い。
「どうしたの、智明君がそんなこと言うなんて初めてじゃない。言ってごらん。おばさん、できるだけのことはするから」
「本当ですか?」
後は僕の誇張充分の話をどう言って口八丁で丸めこむか、ということに尽きる。
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