奪ふ男

ジョーカー 3−4 (3/3)
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 真剣なおばさんの表情を見れば、成功率は高いだろう。
「実は……僕の母さんが半年も海外に行くことになって……」


「どうして言ってくれなかったの」
 その日の学校からの帰り道、ルリの表情はいつも通り静かだったものの、心なしか不機嫌さがにじみ出ていた。
「え?」
 何のことか、わからなかった。
 僕とルリの動き続けていた長い影が止まる。
「おばさんが海外出張するんでしょ?」
 なんだそんなことか。きっとおばさんから聞いたんだろう。
「僕も数日前に聞いたんだ」
 それに、僕自身にとってもどうでもいいことだった。
「数日前?」
「そうだよ。多分すぐにでも行くんじゃないかな」
「……随分急なんだね」
 急じゃなくて、早くに言う必要がないと判断して言わなかっただけだろう。
「私のお母さんから聞いていると思うけど」
 ルリはひたと僕の顔を見つめる。
「うちに住むの?」
 おばさんに提案されたのはそれだ。
 食事や生活のことが大変だろうから、もしよければ、と。
 その場で即答するのは避けた。
「ルリは、いや?」
 ルリは目を見開いて、首を大きく横に振った。
「良かった。ルリがどう思うかだけが心配だったんだ」
「そんな。私は嫌がらないよ?」
「うん、わかってる、わかっていたよ」
 ルリの反応が気になって、と言うより見たくて、僕はおばさんに即答しなかった。
 断ったり嫌がったりするはずがないとはわかっていた。母親が長期間いなくて家事も何もかもが大変になる、という誇張した事情がなかったにせよ、ルリが僕を拒絶するわけがない。
 でも、それでもその反応が見たかったのだ。
 やっぱりルリも僕との間に壁があってほしくないよね。
 もっと単純にこれ以上ないくらい密接な関係となる方法もあるけれど、ルリはいいとしても、僕の年齢的な問題があるしな……。
 今の僕に、ルリと近づく方法は限られていた。これが一つの方法だ。
「ルリも、もう隠し事はしなくていいんだからね。一緒に住むんだから」
 僕の言葉の意味を理解してなさそうだったけれど、それでも、うん、とうなずいてくれた。
 一緒に住む――なんてぞくぞくする言葉だろう。甘やかで、とろけるような。
 今日の夕日のように、爛熟した輝きを持っていた。


 母さんは一も二もなく賛成した。父さんもそもそも出張が多く家に帰らない日も多いから、文句はないようだった。
 僕の家とルリの家は数メートルもない距離しかないから、荷物を運ぶのは楽だった。近すぎるものだから、邪魔になりそうなものは金原家に置いてきたままだ。どうせすぐ近くだから簡単に戻れる。
 そうして呆気なく僕の引越は終わり、僕は谷岡家の一階の客室に寝泊まりすることに決まったのだった。
 良いことは続く。
 僕が谷岡家に住むようになったことは、この後ルリの身に起こることで、僕とルリに良い効果をもたらしたのだ。……とても、良い方に。

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