奪ふ男

ジョーカー 3−1 (2/5)
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 そんなあるとき、僕の机の中に折りたたまれた手紙が入っていた。
 いつものことだったから、面倒だなと思いながら手紙を開けた。そのまま開けずに捨てたい気持ちだったけれど、以前一度それをして、どうして来なかっただのひどいだの、後からもっと面倒なことになった。おかげで、とりあえず目を流すだけ流すことにはしている。
 開いたら、思いの外、短かった。びっちり書いてくるものも少なくないから、少し驚く。
『今日の放課後、十六時半に化学実験室で話があります。大事な話です。
 もし時間があれば来てください』
 その二行が真ん中に書かれていた。
 そしてそのずっと下に、書き手の名前があった。
『谷岡 瑠璃子』
 思わず、はじかれたようにルリの方を見た。
 休み時間だから、ルリは立って眼鏡とお団子の二人の友達と話して笑っている。まるでこんな手紙なんて知らないかのように。
 読み間違いじゃない、よね。
 何度も読み直しても、文面は変わらない。
 もしかしてルリの名を騙ったイタズラか、とも思ったけれど、この筆跡はルリ本人のものに間違いない。『子』の字のはね具合が特徴的だ。
 おまけに便せん自体も、ルリの好きな猫のキャラクターが片隅に小さくいるものだ。
 ルリが、僕に。
 手紙を持つ手が細かく震える。
 こんな手紙を数多くもらって、僕は話を聞いてきた。それとほぼ同じ内容をルリが告げようとしてるかと思うと、身体が打ち震えてくる。
 本当に? 本当に?
 手紙は夢のように消えやせず、僕の手にある。でも、夢のようだ。
 放課後を迎えるまで、いつも以上に僕はルリを注視してしまった。ルリは放課後話そうとすることのそぶりは全然見せなかったのだけど。
 
 
 放課後になると、声を掛ける他のクラスメイトを無視して、真っ先に化学実験室へ向かった。
 中に入ると、誰もいない。窓から小雨が葉を打っているのが見えた。
 腕時計は、待ち合わせ時刻の五十分前を指し示している。
 今まで何度となく、こんな風に呼び出されてきた。
 それらに一片も心を動かされることはなかったけれど、今は待っている時でさえそわそわせずのはいられない。
 どんな言葉だって、至上の想いの言葉と聞こえるだろう。絶対に生涯忘れないだろう。
 もうすぐ来る幸せな時間を楽しみに待ちながら、ふと気づいた。
 そういえば僕は、断ったことしかない。うまい断り方は考えたことはあっても、うまい肯定の返事は考えたことがない。こういうとき、どんな返事がルリの一番いい笑みを見られる結果となるのだろう。
 そんなことを窓際で小雨が落ちる様を見ながら考えていると、ルリがやってきた。
 ルリはすでにいる僕の存在に目を丸くする。
「早く来ていたんだ」
 久しぶりにルリに話しかけられた。陸奥とのあれ以来――三ヶ月と十日ぶり。しかも、疑問系で訊かれている。僕に答えを求めている。僕との会話を求めている。
「待ちきれなかったんだ」
 そう気持ちを込めて答えた。
 ルリは、あれ以来、教室の中でもどこでも、絶対に僕に話しかけなかった。
 無視をされ、話しかけることもできず、地獄のようで、胸が痛くて食欲もまったくわかなかった時を思う。四月になってからは同じクラスになれたから、まだ少しはいいけれど、それまでが本当につらかった。

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