奪ふ男

ジョーカー 3−1 (1/5)
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 花びらを含んだ風が、僕の背を押す。
 甘くいざなうようにやわらかに僕の頬をかすめてゆく。
 校舎の入り口にいる人物の存在に、思わず歩みを止めた。
 花びらの中にいるルリは、美しかった。爽やかな空気にとけこむような佇まいで、桜を見つめている。髪と制服のスカートの端を揺らせながら、何を考えているのだろう。ルリの考えることが僕にすべてわかればいいのに。
 ああだけど、そんなことがわかれば、僕はルリの頭の中を一時でも占める対象への嫉妬のあまり、死んでしまいそうだ。ほんの少しの間だって、僕以外の誰かや何かのことを考えてほしくない。
 そんな思いに囚われていると、ルリが振り返り僕を見た……ような気がした。髪を耳の後ろに掛けて、そのままルリは校舎へと入っていく。
 僕の歩みを後押しするように、風が吹く。
 僕は駆けるようにしてルリの後を追う。
 やわらかな花を含んだ風の吹く、僕とルリが高校二年に上がったばかりの、四月のはじめのことだった。
 
 
「マジでこのクラス編成考えたやつ誰だ……」
 教室に入ろうとしたところで、ぼそりと後ろでそんなため息混じりの声が聞こえた。
 どうでもいいことだったけれど、思いもよらず目に入ったその声の主は、榊だった。
 ふうん。確かに榊と同じクラスなのは面白くないし、他にも面白くない要素はある。
 しかしそんなこと、どうでもいい。
 二年と三年は、ずっと同じクラスだ。進路の関係で、三年ではクラス替えがおこなわれない。つまり、今決まっているクラスで、二年間過ごす。
 それを思うだけで、顔がにやけそうだ。
 勢いよく扉を開けると、廊下に近い席に、二年間の幸福の源――ルリは座っていた。
 ルリは僕を見るなり顔をこわばらせたような気がしたけれど、僕は満面の笑みを向けた。挨拶の代わりに。
 
 ……相変わらずルリは僕に言葉をくれない。
 話しかけるな、と言われたから、あれから話しかけるのは抑えている。
 それでも僕は幸福を噛みしめていた。
 陸奥とのことで、ルリが転校するかもなんて一時期は危惧していたけれど、そんな様子はない。陸奥に暴力を振るわれた、なんて噂が全く出回っていないためかもしれない。あのとき陸奥の名前を出さず、転んで怪我をした、ってことで押し通したのは、噂にならないためだったのかもしれない。
 ――まあいい。終わったことだ。
 ルリと同じ空間で勉強して、ふとした表情を見る機会が増えた。間違えた字を消しゴムでこすって肩をかすかに揺らしていたり、前に落ちた髪を耳に掛けていたり、といった仕草を斜め後ろの席から見ることができるようになった。なんだかそれは新鮮で、見ることができるだけで嬉しさで満たされていた。
 二年になってからは、文系か理系かで、同じクラスなのにコースが分かれ授業が細分化された。
 僕は文系で、ルリは理系だ。違う授業を受けることもある。共通の授業を一緒に受けられる分だけ、ルリのいない教室の授業が、どれだけ味気ないものかがよくわかった。
 それでも、一緒の空間にいて、同じ授業という時間を共有することができる。
 いつかはそれだけに満足できない日々がくることがわかっていた。話がしたい、もっと一緒にいたい、と。けど、それはそのときに考えればいい。
 ただ、今、僕はルリと同じクラスになって、それだけで、とてもとてもとても、とても、嬉しかった。
 たとえ同じクラスに榊や西島やルリの友達がいようとも、関係ないと思うくらいに。
 

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