奪ふ男

ジョーカー 2−16 (3/6)
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 その後、おばさんが戻ってくるまで、僕たちの間に言葉はなかった。


 冬休みがあけてすぐ、始業式の翌々日の夕方だった。
 駅ビルの二階にある喫茶店へと足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ。お一人様でいらっしゃいますでしょうか」
 口ひげを生やした長身の男の店員がすぐさま現れた。僕は軽く手を振り、
「いや、先に連れが来てるんだ」
 と、男の脇を通り、奥へと進む。
 一番奥の席に、二人はいた。そのうちの一人に対して笑顔で手を振る。
「……なんで、智明がここにいるの」
 僕の方を向いていたルリは、顔をこわばらせていた。もうすでに、包帯は頭にない。ルリの前の席にいた陸奥も振り返る。
「つけてきたの、智明」
 非難するルリに、ひどい言い方だなあ、と軽くこぼした。
「心配していたんだよ。この前あんな目に遭ったのに、誰にも行き先を知らせずにどこかに行くんだから。言っておくけど、僕だけでなくおばさんも心配していたんだからね。おばさんから、ルリがいないって聞いて、探していたんだ。見つかってよかったよ」
 ルリはあごを引いて、口を閉ざした。
 それは本当だった。一時間ほど前、おばさんが急に家にやってきて、「瑠璃子がいないの」と動揺した様子で訴えてきた。普段だったら別に気にするほどのことじゃなかったけれど、ルリが怪我をした後のことだ。心配するのも当然じゃないか。
 それが、四方八方探してみれば、こうしてルリは、陸奥と一緒にいるわけだ。喫茶店に二人で入る姿を見つけたとき、唖然としてしまった。
「ルリもすごいねえ。あんな目に遭って、それでも陸奥といるんだから」
 僕の冷たく妬みの含まれた声に、ルリの肩が震えている。うつむいて顔を上げないルリに、僕はかわいそうだと思えた。
 そうだよね。陸奥が脅して無理矢理連れてきたに決まっているよね。
 ……そうでなければ、西島の言うとおりってことになってしまう。ルリが、暴力を振るわれてもなお、陸奥と一緒にいたいと思うほどに好きということになってしまう……。そんなわけが、あるはずがない。
「ごめんね。ルリが陸奥と一緒にいたくているわけじゃないのにね。厳しく言い過ぎたね。ごめんね」
 とても優しい気持ちになれてそう言ったのに、ルリは首を横に振った。
「そうじゃない。わた、私は、陸奥先輩と、私自身がちゃんと話したくて、ちゃんとしたくて、陸奥先輩を呼んだんだよ」
 その瞬間、西島のカンに障る、ほらね、と言わんばかりの笑い声が僕の頭の中で響いた。
「……別れたんだろ?」
「えっ?」
「ルリと陸奥は別れたんだろ! なあ!」
 驚いて固まっているルリ。剣幕に圧されたのか、陸奥は何度もうなずいた。
 別れたのに……。
 何て言った?
 ルリが、望んで、陸奥を呼んだ?
 あんな怪我をして、それでも?
 僕はまだぬるかった? まだ足りない?
 このときになって僕はようやく、ルリの前に座っている男に目をやった。本当は目にも入れたくないけれど。
 顔を引きつらせている陸奥。こいつのせいで。すべて、全部、こいつのせいで!
「ルリ、出てってくれない?」
 返事があったのは、一拍を置いてからだった。
「……え? なんで……?」
「うん、僕と陸奥とで話があるから。ルリがいるとできない話があるから、出てってくれるよね?」
 ルリは大きく見開いた目を僕に向けていた。

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