奪ふ男

ジョーカー 2−16 (1/6)
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 西島は僕の隣の席に腰を下ろす。
「甘いんじゃないかな、智明君。これで陸奥先輩から谷岡さんへの暴力が終わりだと思っているなら」
 外で着ていただろう白いコートを膝にかけ、西島は笑みを見せる。
「どういう、意味」
 僕がそう訊くのがわかっていたようで、すらすらと西島は返す。
「だってそうでしょ。あんなに簡単にお金を貢ぐような人を、どうして陸奥先輩が手放すと思うの? 谷岡さんは谷岡さんで、陸奥先輩と別れられないみたいだし?」
「別れるに決まっているだろう。あんなことをされて」
 押し殺した声には、知らずに怒りが漏れている。
 別れるに決まっている。別れるに決まってる決まってる決まってる――
「冷静に考えようよ。お金を貢がせられて尚、付き合い続けた谷岡さんだよ? 暴力を振るわれたことが別れる理由になるのかなあ。あばたもえくぼ、惚れた欲目。谷岡さんはほんっとうに陸奥先輩のことが好きなんだねえ。あたしだったら、絶対、即座に別れるのに」
「勝手なことを言うな。そんなわけがない」
「何が?」
「別れるに決まってる」
 西島は吹き出して笑う。
「決まってないよお、そんなこと」
 僕はその瞬間、この女の首を絞め、黙らせたくなった。全部可能性にすぎないくせに、本当のことのように言いやがって! ルリが誰かに恋していると話してきたときもそうだった。西島は、ただの仮定にすぎないことを、本当のことのように話す。
 ルリが別れないかもしれないのも、好きだというのも、万に一、億に一の可能性に過ぎないくせに。
 その可能性を、僕の見たくない可能性を、提示されること自体に腹が立つ。
 それでも、一度示されたその可能性は、僕の頭の中から消えはしない。真っ白い和紙に墨が染みこむように、僕の頭を占めてゆく。
 ルリが再び血を流す可能性。金をむしり取られる可能性。それでも付き合い続ける可能性。
 何一つ、僕の望まない未来。強く相手を否定できないルリならば、あり得る可能性。それとも、暴力におびえて、別れを切り出せないルリという可能性。陸奥にたぶらかされたままで、僕の聞く耳を持たずに付き合う可能性。望まない可能性は、決して消えてくれない。
「このままで一件落着なんて、甘いんだよ」
 望まない可能性は、このままでは消えない。それは確かなんだろう。
 可能性の芽を、限りなく潰さない限り。最後の念押しが、必要なのだろう。
 やはりルリには、僕が必要なんだ。
 僕が守らなくてはいけないんだ。僕だけが。
 ルリに真実を告げるのはまだ先に延ばそう。もしかしたら陸奥と付き合い続ける状態で、僕の言葉を聞いてくれないかもしれない。それより先に僕にはすることがある。ルリと僕のために、しなければならないことがある。
「――それでね、ここからが本番の話なのよ。榊から話を聞き出して、わざわざここまで来たのは、ここからの話をするため。ここからがあたしと智明君の話。あたしと付き合ってくれたら、谷岡さんと陸奥先輩のことをどうにかする手段を……」
 僕は、隣で耳障りに何かを長々と訴えている西島の話を、これっぽっちも聞いていなかった。ルリの悪い可能性以外の話なら、後はどうでもいい。解決するため、他の人間の手を借りるなんて考えてないのだから。
 僕は一人で考える。そして一人で実行するだろう。ルリのためにすることを。
 目の端に映るクリスマスツリーの頂上では、星の飾りがぎらぎらと黄金色に輝いていた。



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