奪ふ男

ジョーカー 2−15 (4/6)
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 ルリに、僕以外の男へ流れてしまうようなところがあったとしても、二度と他の奴と付き合わせるものか。これ以後も、何度も同じことを繰り返したくはない。これで終わりにすれば済む話なのだ。そうすれば、榊の仮定は無意味なものとなる。
 僕とルリが結びつけば、全てが済む。
 自然に、病院にいるだろうルリのことを想った。怪我は大丈夫なのか。
 最低最悪な奴と付き合ってしまったから、こんな事態を招いたという面もある。ルリが悪いわけじゃない。あの陸奥が、甘言を弄して、ルリは騙されただけだ。
 二度と同じ目に遭わせないためにも、ルリと他の男が付き合うような事態を起こしてなるものか。僕は固く誓いながら、榊と同じく雑巾を手に取った。
 この血の跡が残れば、ルリは学校中で噂になり、居たたまれなくなって、ひいてはそれが転校へとつながってしまうかもしれない。
 ルリのことが心配でないわけじゃない。でも、今、僕がルリのためにできることをする。これからの二人の関係を考えながら、僕は廊下を拭いていった。
 


 市立総合病院は、この界隈でもっとも大きな病院だ。教師の説教を聞き流し、僕は即座に学校を抜けこの病院へと走り、駆け込んだ。
 この白く四角張った病院の中では、多くの人が待合室で座り、周囲で子供が遊び回っている。
 ルリがどこにいるかを尋ねると、どういった関係の方でしょう、と逆に尋ねられた。
 無遠慮に無神経に問われて、すぐに答えられなかった。僕がルリに対してどんな感情を持てあましているか、それを簡単に言うことは難しい。けれどそれ以上に、僕とルリの関係を、家族や恋人といったふうに単純に言い表すのは難しい。それが、妙に悔しい。
 内心でその質問の答えを考えていると、ルリのおばさんが、「あら智明君」といつもと変わらない様子で声をかけてきた。おばさんは近くのスーパーにでも向かう途中のような飾り気のない格好だ。見慣れない、つばの広い青色の帽子を手に持っていた。
「もしかして瑠璃子に会いに来てくれた? ありがとうねえ。瑠璃子も喜ぶわ。あんまり表には出さないけど、あの子、そういうのすごく嬉しがるから」
「いえ……それで、ルリは、どう、なんですか」
 おばさんは顔を曇らせた。どこか困ったような顔をしながら、
「うん、それほど悪くはないから、大丈夫」
 僕は安堵できなかった。
「本当に、大丈夫なんですか」
 おばさんは青い帽子を両手で弄びながら、いつになく固い視線を下に向けている。ちらりと、答えを待つ僕の方を見て、口を開いた。
「……そうね、しっかりしているように見えたね。傷口も縫って、というか、留めたっていうか。うん、ともかく傷口はふさいでもらったのね。あとは念のために、検査とかしてもらうような状況なの」
「検査って」
「一応頭だからね、脳への影響がないかとか、いろいろとあるのよ。こればっかりはちゃんと検査されなきゃわからないから、何とも言いようがないんだけど」
「傷跡とかは大丈夫だったんですか」
 おばさんは帽子に視線を向ける。
「ええ、そのあたりはね」
 低くつぶやくような声音を、おばさんは意識的に変えて、僕がいつ帰るのかを訊いてきた。僕は、できれば検査が終わるまで待って、最悪でも一目だけでもルリを見てから帰るつもりであることをおばさんに告げると、
「お父さんが車でここに向かっているから、瑠璃子のことが終わったら、一緒に帰りましょ」
 そう簡単に誘った。

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