奪ふ男

ジョーカー 2−15 (3/6)
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「きっと谷岡さんはお前よりずっと良い奴と付き合うよ。お前と谷岡さんの関係性を知れば、良い奴ならなおさら、谷岡さんをほっておけるわけがねえもん。……ちゃんと谷岡さんのことを考え、守ろうとする、そんな奴が相手なら、お前の横暴の『言い訳』はなくなる。そのとき、お前は言ったことの責任を取って、何もするんじゃねえぞ。ただ見てるんだ。他の、失恋した普通の人間がするように、何もせずに、邪魔をしないでいるんだ。……それが嫌なら、今、谷岡さんに言え。『自己中心的に考えた結果、谷岡さんの幸福を邪魔している。決して谷岡さんの未来と幸せを考えてのことじゃない』ってな。さすがに谷岡さんもお前と絶縁するだろうから」
 僕は、一歩も動かず、榊の不吉な『予言』を耳にしていた。
 響く水音は僕の胸へさざ波を引き起こしている。
 追い込まれてしまった、と直感した。それも逃げ場のない場所に。
 反論を口にして、打開しようとも考えた。僕はルリのことを考えている。言い訳なんかじゃない。一番考えている僕だから、ルリを守るために行動に移した結果にすぎない、と。
 しかしそれを口にしても、『だったら良い奴と付き合うとき、邪魔はするはずないよな』と返されるのが目に見えている。
 その『良い奴』という言葉への定義を争っても、逆に追い詰められそうな気がする。榊は同時に、僕を攻撃するだろうから。
 榊が最後に言ったようなことを、ルリに絶対に言いたくない。
 かといって、もし榊の言うとおりの事態になって、何もしないでいる、というのは、想像するだけで耐えられない。ルリと誰かを見守り祝福するなんて、背筋に悪寒が走る。榊の話にうなずきたくはない。
 無視をすればいい――とは安易に考えられなかった。僕がその通りにしなければ、そのとき榊はルリに言う。絶対に言う。僕が今までルリのことを考えて動いたわけではないと、ただ幸福を邪魔したいからしているのだと。そうではないのに。
 それを明言されれば、しかも榊に言われれば、ルリに上手く取り繕えるだろうか。それが嘘八百の、考慮する価値のないものだと、ルリに信じさせられるだろうか。ただでさえ、憎らしくも、榊のことを信頼する部類に置いているルリだというのに――。
 僕は上手い対処方法を思いつけなかった。せめても、笑みを浮かべて余裕ある風を装った。
「僕より良い奴なんて、現れるわけがないけれどね」
 言ってから、それはそうだと思えた。今までルリの付き合ってきた男はろくでなしばかりだ。榊の予言が正しければ、僕とルリはいつも一緒だったのだから、今までだってそういう男が僕からルリを守るために、なんてほざいてルリと付き合っていてもおかしくないのに。好きでもないのに最低野郎ばかり付き合ってきたルリなのだから、ルリをほっておけない『良い奴』とやらが現れていたならば付き合っていた可能性は高いんじゃないか? 想像もしたくないけれど。でも、ルリはクズ野郎としか付き合っていない。榊の予言の信憑性が薄れてくる。榊の想定する『良い奴』なんているのか? 僕よりルリのことを想い、行動する男が。
 たとえ、僕からルリを守ろうと考える『良い奴』とやらがこの広い世の中に万が一いたとしても、その前に、僕とルリが付き合えばいいだけのことだ。もう二度と邪魔する存在を作らないために。

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