奪ふ男

ジョーカー 2−15 (5/6)
戻る / 目次 / 進む
 そんなことがあり得るのか、と僕は呆然としていた。
 僕が怪我をしたところで、父さんも母さんも仕事を休んで病院にやってくるなど、絶対にない。でも、専業主婦のおばさんはともかく、おじさんは多分会社を途中から休んでまで、ルリのいる病院までかけつけようとしている。
 おばさんは、僕の表情を仰ぎ見て、何かを察したのか、優しく言った。
「もし、怪我をしたのが瑠璃子でなくて智明君でもね、おばさんはすぐに病院にかけつけたからね。それで、瑠璃子だって智明君と同じように、まっさきに病院に来るよ。多分きっとね」
 僕は、言葉を詰まらせた。
 おばさんの、この優しさこそが、理由なんだ。
 僕が、ルリの周囲の人間や物に嫉妬しても、ルリ自身に嫉妬してこなかった理由は。おばさんは昔から、僕とルリとを平等に、いやそれ以上だと感じるほどに心を配って優しく扱ってくれたから、僕はルリに取って代わりたいと思ったことはなかった。いや、大昔は多少は思っていた。すぐにそんな思考は頭の中から消えた、というのが正しい。
 だってルリは、おばさん譲りの、いやそれ以上の優しさで、僕の全てを理解し、全てを包み込んでくれたから。
 おばさんの言った仮定を想像する。何らかの理由で病院へ来ることになった僕。すぐに、僕と同じくらい心配して追いかけてくるルリ。
 おばさんの言葉には長年で培った信憑性があって、その想像が絶対におこなわれることのように思われて、僕の胸をくすぐった。
 瑠璃子のことを見てくるから待合室のあたりで待っていてね、と告げ、おばさんは青い帽子を手に去っていった。
 
 
 おばさんの言葉にほんのりと胸を温かくさせながら、待合室の椅子に座った。
 検査はどれくらい時間がかかるんだろう。もしかしたら明日までかかって、入院することになるかもしれない。そうしたら明日も来よう。入院が更に続いたら、明後日も、しあさっても、退院するまで毎日来よう。
 ふと、視界の隅に小さな子供が集まっているのが見える。普段ならどうでもいい、と意識しないけれど、あんまりうるさくて、そちらに目を向けた。
 子供たちの中心には、電飾や星で飾り付けをされた、鉢植えのもみの木が見える。
 ああそうか、クリスマスだからか。
 僕はすぐに視線をそらす。これほど嬉しくないクリスマスイブは初めてだ。
 ルリがあの害虫によって怪我を負ってしまった日。けど、待てよ。結果的にあいつと別れることになったのだから、悪いことばかりじゃない。
 問題はこれから。
 ルリと僕の関係修復だ。以前と同じ轍は踏まない。
 僕は全てをルリに告げるのも一つの方法だと考えていた。
 ルリのためを思って、暴力男と別れさせるためのことだったと。全てはルリのためだったと。
 あのひどい怪我を負わされたルリならば、わかってくれる。あいつの最悪さ加減を十分に思い知っているはずだ。その分、僕の想いの深さを十分にわかってくれるはずだ。榊の不吉な予言を、僕は頭の中から振り払う。
 突き詰めた問題は、以前のように無視され逃げられては、このことを話すことすらままならないということ。
 なら、ルリが怪我を負って逃げ場のない今、すぐに、話すべきかもしれない。
 早いに越したことはない。
 おばさんが入っていった部屋は見た。多分その奥にルリがいる。怪我を負って、かわいそうで、つらい思いをしたルリが。
 立ち上がり、勢い込んで一歩踏み出しそうとした足が、止まった。
「どーこ行くのお? 智明くん」

戻る / 目次 / 進む

stone rio mobile

HTML Dwarf mobile