奪ふ男

ジョーカー 2−15 (2/6)
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「そいつも最低だけど、お前も最低だろ」
 陸奥と僕を同レベルだというのか。
 ルリではなく、あくまで榊の一意見とはいえ、そんなふうに言われたことで、榊へまっすぐ向けていた視線が揺らぐ。榊が、まるで自分が正しいと言わんばかりの口調だからだ。誰だって、悪くなくとも、詰問されれば動揺する。
「谷岡さんがかわいそうだと感じないのか? 付き合っていた奴と不本意にも別れることになって、しかもそれが身近にいる奴が浮気相手になるなんて」
 榊は僕を攻撃しようとしている雰囲気だが、悠然と答えてみせた。僕は僕の思ったとおりに行動し、恥じるところはない。
「陸奥はルリにはふさわしくなかった。何もかもが。さっさと別れた方がいい男だった。そのために動いたにすぎないよ。ルリのためを深く、深く想って、守ろうとしてね。僕は行動したのが遅すぎるくらいだった」
 前の奴だってろくな奴じゃなかった。付き合っても、ルリに害を与え、価値を下げる、いない方がずっとマシな奴ら。前の奴だけで終わるかと思いきや、二人目が出てくるなんて、もっと目が離せない。
 今は混乱していても、後になったらルリはわかってくれる。ルリを守るためのことだと。きっと。
 だけど僕の返事は、榊のお気に召さなかったらしい。たまりかねたように奴は目を見開き、怒鳴ってきた。
「だから別れさせるのは正しいって言いたいわけか! 本音は谷岡さんが誰かと付き合うのを見たくないってだけの、エゴまみれの行動のくせに! じゃあ、谷岡さんのことを本当に好きで、大切に思っている良い相手なら、お前は何もしなかったってことか? さっきの話を聞いていると、そういうことだよな!」
 ありえない。
 そんな例は、僕には突拍子がなく思えた。
 榊の剣幕に少し戸惑ったものの、すぐに立て直す。こいつに隙を見せてはいけない。
 その仮定する『良い相手』とやらは、僕とルリの確固たる絆を引き裂こうという人間だ。その時点で『良い奴』ではあり得ず、最低最悪な重罪人と言ってもいい。ろくでなしの、ルリを食い物にする、恥知らずの人間に決まっているんだ。
「そんな奴はルリと付き合おうとなんて考えないよ。本当に良い奴なら、僕とルリとの間の空気を読んで、間に入ってくるような真似をするわけがないじゃないか」
 榊は目許をぴくぴくとさせ、さらに怒鳴ってきそうな気配を漂わせた。しかし、一度きつく目を閉じ、大きく息を吐くと、榊は背を向けた。手に持っていた雑巾を洗いに、バケツへと歩く。
 しゃがみこみ、乱暴に洗う榊の背から、低いながらも激しさはない声が届く。
「――もういい。お前の考え方は、ようく、わかった。めんどくさいから、もういい」
 そっちから喧嘩を売ってきておいてのその態度にむかっ腹が立つが、それならそれでいい。僕だって、こいつに糾弾され続けるのはおもしろくないのだから。榊の攻撃を押し返し、後退させたことに、かすかに満足感が生まれた。
 榊は、だけどな、と背を向けたまま低い声で続ける。

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