奪ふ男

ジョーカー 2−15 (1/6)
戻る / 目次 / 進む
 血痕は絶え間なく、廊下から階段へ、そして再び廊下の上を這っていた。
 最終的にたどり着いたのは、一階にある保健室だ。きっとルリは頭の傷を診てもらおうと考えたのだろう。ルリらしい、常識的な判断だ。
 保健室に近づくにつれ、保健室の前にいる男に気づいた。榊は、廊下で四つん這いになっていた。
 何をしているんだ、こんなところで。
 そう思ってすぐ、わかった。廊下に垂れている血を雑巾で拭いているのだ。床に残る血を跡形も残さないように強くこすっていた榊は、大分近づいてから僕の足に気づいたようで顔を上げた。その眼が僕を捉えると厳しいものへと変わった。
「どこで何をしていたんだ」
 こいつの問いに答えることよりも、ルリの行方のことが気になる。
「ルリはどこに? 保健室か?」
 目の前の保健室の扉へと目をやる。
「もういない。手当を受けて、保健室の先生と一緒に病院へ行った」
 やっぱり怪我は重いものだったのか。いてもたってもいられない。
「どこの病院だ?」
「市立総合病院だってさ。でも俺たちはここで待っとけって。多分、終業式をサボってたことを怒られるんだろうな」
 そんなどうでもいいことで足止めされることが耐えがたい。ルリは今、どうしているんだろう。怪我が悪化していたら。まさか、手術を受けるなんて重い事態になっていたら……。
 考えるだけでたまらない。
「榊、なんとかこの場を取り繕っておいてくれないか? 今すぐ病院に向かうから」
「やだね。講堂から帰ってくる他の生徒にこの血を見せたら、大騒ぎになる。お前にも手伝ってもらわなけりゃ、時間的に俺一人で終わりそうにない。それに、谷岡さんのところにお前を行かせたくない」
 榊のまなざしは厳しいままだ。
「『智明がひどい』って、谷岡さんはずっと言っていた。何も思い当たることはないのか」
 榊の眼は疑いを宿している。まさか、ルリのあの凄惨で怒りを覚える怪我を、榊は僕が負わせたと誤解しているんじゃないだろうな。全部、陸奥が悪いってのに。
「僕がルリに怪我をさせるわけがないだろ。陸奥がやったんだ」
「それは知ってる。谷岡さんは、この怪我はお前のせいじゃないって、強く言っていたから。かといって、誰がやったかってことは言わずに、自分で転んだとか嘘をついていたけどな」
 どうして陸奥の名前を出さなかったんだ? 陸奥をかばっているのか。あんな目にあって、まだ心が残っているのか。あんな男に。僕よりはるかに程度の低いあいつを!
「お前が殴ったなんて思ってねえよ。谷岡さんも、さんざん、そこだけは誤解しないでほしいって言っていた。でもな、じゃあお前は、『ひどい』と繰り返し言われるようなことをしなかったと誓えるのか。……お前、谷岡さんを傷つけるようなことをしただろ」
 傷つける? 僕は守ろうとしただけだ。やっぱり最悪だった陸奥を、ルリから引き離そうとしただけだ。暴力から守れなかったことは認めるけれど、引き離そうとしたことを後悔するものか。もっとしっかりとすれば良かったと思うばかりだ。
 ルリに『ひどい』と言われたのはきっと、怪我をして錯乱しているためだろう。あの陸奥をかばい、僕を糾弾するなんて、ありえない。
「大体何をしたか予測できるけど、反省の色なしかよ。最悪だろ。それでよく、好きだとか言えるな。お前は最低だよ」
 聞き捨てならない。僕の揺るぎない気持ちを踏み躙るような発言だ。
「最低っていうのは陸奥のような奴のことだ」

戻る / 目次 / 進む

stone rio mobile

HTML Dwarf mobile