奪ふ男

ジョーカー 2−13 (3/4)
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 ちょうど、ルリのいるクラスの列だった。終業式を待っていられない。ルリは式が終わればすぐさまバイトへ行ってしまう。
 式をずる休みしてもらっても、いち早く知らせなければ。列の中からルリの姿を探し始めて、愕然とした。
 僕ほどルリを探すのに長けた人間はいない。どんな集団の中にいたって、一番にルリを探し出す自信がある。
 でも、どこにもいなかった。ルリがいない。
 どうして? どこに? どこにいるのルリ。
 首を回して、目を皿のようにして探す。いない。いないいない。どこにもいない!
「あ、金原君。こんなところでどうしたんですか?」
 後ろで楽しそうに聞いてきたのは、名前を覚えていないルリの友人。お団子頭のルリの友達だった。
「ルリは?」
「え、瑠璃子ちゃん?」
 お団子頭は意味深な笑みを深くする。それから口許を押さえて笑い始めた。
「ふふ、瑠璃子ちゃんはですね、式をサボるつもりなんです」
「サボる?」
 あのルリが?
 意味もなく式を欠席するルリではないことを僕は知っていた。
「陸奥先輩と、大事な話があるって。だから瑠璃子ちゃんは、誰もいない教室で、いま、彼氏と二人っきりなんですよ」
 お団子頭は、同じくルリの友人の眼鏡の子ときゃあきゃあ笑っていた。
 二人の女子の間でテンションが上がるのと反比例して、僕の身体から血がどくどくと抜けて体温が下がっていくようだった。
 ルリが陸奥と二人っきり?
 大事な話って、何を? 陸奥に? 危険としか言いようのない陸奥に?
 ルリは知らない。陸奥がどれほど危険なのか。
 おそろしい予感ばかりが僕を満たす。
 僕は笑顔を作ることすらできず、別れの挨拶もせず、すぐさま、校舎へと走っていった。
「おい、金原!」
 榊の声が追いかけてくる。
 渡り廊下を抜け、校舎の一階へ。講堂へ続く列を尻目に、僕は階段を昇り、ルリのクラスの教室へ向かった。
 一気に扉をスライドさせて開けると、そこには人っ子一人いない。机と椅子が規則的に並んで、窓から見える木がうごめき揺れているばかりだ。
 どこにいるんだ、ルリ。
 榊から聞いた噂が、ただの噂ならいい。僕のこの杞憂が無駄になってもいい。
 そう願いながら、僕は、ルリが今どこにいるかを考えていた。
 この教室にいないということは、他の教室にいるということだ。
 終業式のために誰もいないのだから、どの教室を使っていてもおかしくない。普通の教室だけでなく、実験室とかの可能性もある。
 しらみつぶしに探すしかない。
 からっぽの教室に背を向けて、出ようとしたところ、追いかけてきた榊とぶつかりそうになった。
「ここには谷岡さんいないのか。……二手に分かれて探すか? 俺は一階から四階、金原は五階から八階を」
 何でこいつと。そう思いつつ、しぶしぶうなずいた。
 今は早くルリを見つけるのが先だ。
 エレベーターで四階まで昇り、隅から隅まで見回る。僕の起こす音以外、物音一つしない教室というのは、一種不気味だった。
 四階はそんな静かな階だったから、五階に昇ったとき、小さな音に気づいた。
 声がするのだ。低い、男の声。
 遠すぎて誰の声かはわからない。何を言っているかもわからない。叫んでいるか、怒鳴っているようだ。
 隅から隅まで順番に見て回るはずだったけれど、僕はその声がする方へと一直線に走った。
 近づくにつれ、しだいに声がよく聞こえてくる。

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