奪ふ男

ジョーカー 2−13 (2/4)
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「どうしたって? ちょっとは想像力を働かせろよ。陸奥は彼女さんに暴力を働いたんだ。痴話喧嘩のレベルじゃない。顔ばかりを殴られた挙句、病院まで運ばれて、手術しなければならなかったんだ。そんなことを平気でする奴の、今の彼女である谷岡さんが、同じ目に遭うかもしれない、って考えられないか?」
 ルリが、同じ目に?
 顔に青あざを作って、血を流す?
 想像すると、ぞっとした。笑顔の素敵なルリが、そんなことになるなんて、まさか。心配の病が胸の中で暴れ出してきた。
「一応、学校で問題になったんだ。退学とか停学とか騒がれたけど、結局うやむやのうちに、陸奥は反省文一つで終わり。なぜだか彼女さんの方が悪いみたいな噂が急に出回って、居たたまれなくなったのか、彼女さんの家は引っ越して転校。どうやら陸奥の家はこの学校に寄付金を大分積んでいる家みたいで、その結果らしい。俺が噂で聞いたのは、そういうこと」
 血の気が引いていく。その程度では、陸奥が、二度としない、と反省しているとは思えない。普段の学校での反抗的な態度を見ても。
 『彼女さん』とルリが重なってゆく。ルリもそんな目にあって、同じく転校してしまったら?
 もし、同じようにルリが中傷されても、僕は誰よりも守ろうとするだろう。だけどそんな僕の努力でも無理で、心が癒されないまま、ルリが引っ越してしまったら。
 きっとルリとは二度と逢えない。
 その絶望的な未来像に、僕は何とか光を見いだそうとしていた。
「……でも、ルリはもう陸奥と別れた」
 それは一筋の光明だった。
 陸奥と無関係であるということ、『彼女さん』と同じ運命を辿らないことへの。
 榊は胡乱な目で見てきて、腕を組んだ。
「それは本当か? 谷岡さんがそう言ったのか?」
 ルリ? ルリは……。
 ルリから、そんな話はなかった。ルリは一言もそんなことを言わなかった。
 前のときだって僕に別れたなんてことを言ってくれやしなかった。だから、今回も、って思った。
 だけど……。
「本当に別れたっていうならいいんだ。でも、金原。お前知っているかどうか知らないけれど、最近谷岡さんは部活も休んで、必死でバイトに励んでいるんだ。欲しい物があるわけじゃない、って言いながら。そんなに働いて、そのバイト代がどこに消えようとしているんだろう。なあ、金原、本当に谷岡さんは別れたのか?」
 知っている。ルリは授業中に眠りながら、それでもバイトに集中していた。何のためかは教えてくれずに。
 事実が二つあった。
 ルリからは、別れたという話を聞いていないこと。
 別れたと言ったのは、嘘をつくのに慣れた陸奥だけだということ。
 その二つの事実が、僕の前に横たわっていた。
 僕の考えすぎならばいい。バイト代はぬいぐるみやケーキ代にでも消えるつもりならばいい。単純に貯金に回るなんてこともいい。
 だけど、そんなことはないんだ、きっと。悪夢の予感が確かに背筋を上ってきていた。
「……ルリから、別れたって話は、一言も聞いていない」
 かすれた声しか出なかった。榊は、そうか、と答え、心配そうに渡り廊下へと目を向けた。
「なら、なるべく早く谷岡さんへ話した方がいいんだろうな。きっと谷岡さんはこの噂を全然知らないだろうから」
 僕にできること最善は、一刻も早くルリに知らせることしかない。
 
 
 僕たちは渡り廊下へと戻った。渡り廊下では、だらだらと列が絶え間なく進んでいる。

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