奪ふ男

ジョーカー 2−9 (3/5)
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 ルリは押し黙ったものの、僕の言葉に納得していないのか、険しい顔をしていた。
 だめだこれでは。
 ルリは優しい。優しすぎるくらい優しい。僕はそんなルリの長所がなくなってほしいとは思わない。それだからこそルリだとも思う。
 でも、その優しさが別の人間に向けられるなら、話は違う。許容できない。
 友人だけでなく、僕が言おうとも、ルリは変わらない。その優しさゆえに、付き合い続ける。だから……。
 そんなことを思い、考えていると、ルリが沈黙を破る。
「でも、別れたいのも本当だから、私ね、陸奥先輩のために……」
「ルリは僕のことを考えてくれないんだね」
 怒りをにじませながら言うと、僕は頬にやっていた手で、強くルリの肩を押した。倒れ込んだ勢いで、ベッドがきしむ。ルリの持っていた教科書類は傍らに落ちた。
 陸奥、先輩、陸奥、先輩。
 どうでもいい野郎のことばかりルリの口から飛び出し、そしてルリは僕よりもそいつのため、僕よりもそいつのことばかり考える。あまつさえこれから、僕のためよりも、そいつのために何かをしようとするらしい。
 倒れたルリは目を白黒させている。乱れた髪が僕のベッドの上で広がり、瞳が僕を見上げ、甘そうな唇から「智明」と漏れるのは、たまらなく扇情的にも思えた。
「友人関係なんてものでは我慢できないと思っているのは、僕だけなのかな」
 再びベッドがきしむ。ルリの上で、見下ろす。
 すると、ルリから予想外の反応が返ってきた。ルリは、くしゃりと、泣きそうで、悲しそうな顔になったのだ。
 何故なのかわからず呆気にとられた僕に、ルリは涙をこらえるように言った。
「智明が、私と友達以下の関係になりたかったなんて、知らなかった。私、何かした?」
 一気に脱力する。どうしてそうなるんだ。ルリにとって僕は、それ以上なんてことは考えつかないのか。
 わかってくれていると思っていたけれど、伝えた方がいいのかもしれない。
「ルリ」
 彼女の名を呼びながら頬から顎にかけて手をやり、僕は顔を近づけた。
 え、と言うルリを無視する。
 そのまま目を閉じ、彼女の唇に、唇を重ねた。
 やわらかで、温かな唇を感じる。唇が触れ合うだけのものだというのに、この身体を満たしていくものは何だろう。
 ルリと、キスをした。
 それだけで僕は何か幸せなもので満たされていく。
 もっともっとと求めたかったけれど、自重して、惜しみながら唇を離した。触れ合っているときは永遠のような時間に思えたけれど、離れてみるとまるで刹那のような短すぎる時間に思えた。離れた直後から、離れたことを悔やんでしまう。
 ルリはどんな顔をしているだろう。
 そんなことを思いながら見てみると、ルリは固まっていた。
「ルリ?」
 呼びかけてみると、はっとしたようにルリは僕と視線を交わす。
 認識したと同時に、一気にルリの顔は赤くなっていった。まるでゆでだこやりんごみたいに。耳まで赤い。
 自分で赤くなっているのがわかるのだろうか。ルリは自分の頬を手で挟む。
「な、こっ、あ」
 酸欠状態のように、意味をなさない言葉が続く。
 僕は、頬を挟むルリの手に、僕の手を重ねた。
「わかってくれた?」
 ルリは赤い顔のまま、僕を見上げる。
「……私を、好きなの?」
「そうだよ」
 そうだ。そうだよ。
 こんな言葉で、キスで、全てが伝わるはずもないくらいに。僕でさえもてあますくらいに。

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