奪ふ男
ジョーカー 2−9 (4/5)
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どうしたら伝わるだろうか。
もっと、もっと、必要である気がする。
僕は再び顔を近づけ、今度はルリの右眼の目尻にキスを落とした。ルリの身体とベッドの隙間に手を差し入れて、強く抱きしめ、密着させながら。またも、ベッドが鳴った。
目尻の後は、頬に、額に、と顔中にキスの雨を降らせてゆく。そのたびにルリは緊張し、固まる。
すると、僕の離れた直後、密着した身体を離そうと、ルリが手で押してきた。もういっぱいいっぱいなのかもしれない。抵抗は弱い力であるけれど。
「とも、あき」
もう離れて、とでも言いたげな調子だ。
でも僕はわからないふりをして、艶麗な笑みを向ける。
「こんなものでは満足できないって?」
「ちが」
唇にキスをして、言葉を遮る。
唇を離したときに息と共に発したルリのちょっとした、何とも言えない声。キスを落とすたびに見せる過敏な反応。小さな抵抗は、その度にベッドをきしませる。
離れようと身体と身体の間に入れたルリの手は、逆に密着度を高めている。
僕がやめるつもりがないのを悟ったのだろうか、ルリは手で押し返さなくなった。
それでもこの状況に順応することはできないらしい。ルリは真っ赤な顔を僕から背けた。
その瞬間、ルリの全身がこわばったように感じたけれど、まあいい、と今度は首筋に唇を寄せる。
「智明」
ルリが言葉を発したので、微妙に首にもその振動が伝わった。ひどくおそろしいものを見たような、そんな声だった。
「何、あれ」
ルリは顔を背けたままだ。真っ赤な顔は、青くなりかけている。
僕はルリと同じ方向を見る。ああ、あっちは扉か。
「見てわからない?」
耳元で、軽く笑いながら、逆に訊いてみた。
ルリは呆然としたまま、答えてくれた。
「何で、扉に、あんな鎖がかかっているの」
僕の部屋の扉は無骨な鎖と南京錠によって閉じられていた。ノブに何重にも巻いてノブ自体を動かせなくして、そして扉の横にあるコート掛けに回し、そしてゆるみを作らずしっかりと南京錠で固定した。余った鎖が、南京錠の部分から垂れ下がっている。
「内側から簡単に開かないようにね」
だって、僕の部屋の鍵の構造では、たとえ鍵をかけても、内側からならいくらでも開く仕組になっている。
それでは困るんだよね。
「どうして、あんな」
ルリはゆっくりと僕へ顔を向ける。恥ずかしさによる赤みが消え、信じられないものを見るような目つき。
嫌だな、そんな目で見られるなんて。さっきの恥ずかしがっている顔の方が良かったのに。
全てはルリのためなんだよ?
いつまでもいつまでもルリが、あの野郎と別れようとしないから。
僕が手を出すのは最終手段にしたかったから、ルリに変わってもらうことにしたんだ。陸奥に何を言われようが別れを切り出しきっぱりと別れて無視してもらえるような、ルリになってもらうため。
でも、たった三十分や一時間、もしくは二、三時間、僕とルリが話をしたところで、ルリは変わってくれないと思った。
ルリには妙な頑固さがあるのはわかっている。
そして陸奥と本気で別れる覚悟も持ってない。
だからね、ルリに変わってもらおうと思ったんだ。
長い時間をかけて。時間をかければルリだって変わるはずだ。
僕だけしか見ず、僕だけで満足し、僕だけにおぼれ、それ以外はどうでもいいと思ってもらえるような。
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