奪ふ男

ジョーカー 2−8 (4/5)
戻る / 目次 / 進む
「おいやめろよ。とにかくやめろ」
 せっぱ詰まった風に言い、榊は僕の肩を掴む。いや、握りつぶそうとするかのように、力をこめる。
 こいつの言葉にうなずく義務など、僕にはない。
「極端なこと考えるな。穏便な方法だっていくらでもあるだろ」
「……たとえば?」
「たとえば? ええと……そうだな、谷岡さんに……きれいな別れ方を伝授するとか! ほら、お前よく告られて、断わってるだろ。うまい断り方とか教えてやれよ」
 榊はもう一方の肩を叩く。
 告白されて振ることには慣れてるけれど、ルリに教えたくはない。相手のことを完璧に否定するようには振らないからだ。
 そもそも昔はそうしていたけれど、西島なんかが『そう言われた方が燃える、落とし甲斐がある』なんて言って、更にくっついてきた。他にも、ひどいと泣き出し、その女と一緒のグループの連中が押し寄せて責めてきたこともあったし、どんな女だってきつく振っていたものだから、男が好きなんだよな、と勘違いして迫ってくる男もいた。
 だから、ひどい振り方はしないようにと、丁寧で相手のことを思いやっていると見せかけた振り方をしている。
 しかし、そんなことをルリに教えて、実践されたくない。
 そんな振り方では危険だ。相手が思いを断ち切れない可能性だって高い。
 僕が望むのは、完璧にぶつ切りにされた関係の消滅。
 相手への思いやりなんて持たず、罵倒してでもいいから別れてくれることだ。
 しかし。
「俺が思うに、極端なことをすると、絶対に無駄にこんがらがって、大変なことになる。だから妙なことは考えるなよ」
 榊はそう言い捨て、肩から手を離した。
 榊の言葉で、一番身に迫った。
 確かに、前回鈴山の時、後々ルリに無視されたり、つい最近までルリに影響があったことを考えると、どこか頭の中が冷えて躊躇する。
 穏便な方法、ルリと後々平穏で幸せな関係を築く方法。
 最良なのはやはり、ルリにきっぱりと陸奥のことを振ってもらうことにあるような気がした。それに必要なのは何なのか……。


 数日後の夜。テスト週間ということもあって、僕は部屋で勉強していた。
 喉が渇いたものだから、二階の自室からリビングに降り、冷蔵庫を開ける。
 いつもミネラルウォーターがある場所に、そのペットボトルがない。代わりに、見知らぬ瓶。
 取ってみると、ラベルにはどこかの国の言語で書かれており、中身がわからない。
 父さんか母さんの土産物だろう。あの人達は海外へ行くことが多い。その二人とも、いつも通り今、家にはいない。
 誰かへの贈り物とかだったら、ここには置いておかないはずだ。
 喉が渇いていたこともあって、僕はその瓶を開けた。コップに注ぎ、二杯分飲む。何かのジュースらしい。
 そのとき、玄関のチャイムが鳴った。
 インターホンに出てみると、それはルリだった。急いで玄関を開け、鉄扉のところまで階段を降りる。
「こんばんは。今大丈夫?」
 僕は階段を降りながらうなずく。やはりあれから数日経つが、別れたという話は聞いていない。もしやとうとう今、と思った。
「あのさ……」
 ルリは言いにくそうにしている。僕はゆっくりと相づちを打ち、いつまでも待つ姿勢を作った。
 しかし期待していたものとは違った。
「世界史の教科書と資料集、学校に忘れちゃったから、貸してほしいんだ。それで今テスト勉強してるなら、いいんだけど」

戻る / 目次 / 進む

stone rio mobile

HTML Dwarf mobile