奪ふ男

ジョーカー 2−7 (3/4)
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 僕は西島を強く非難した。ルリに何てことするんだ、この女は。
 西島は振り返ると、先ほどのような柔和な笑みを顔にたたえていた。
「やだ。季節外れの鬱陶しい蝿でもとまったかと不快になって、思わず叩いちゃったんだよ。――ごめんね谷岡さん、許してくれるよね、ね?」
 強く迫る西島に、ルリは手の甲を右手で隠して、小鼠のように小さくなって、うなずいた。
「やっぱり許してくれるよね、あたしたち友達だもんね。ほら智明君、心配することないんだよ?」
 僕が心配しているのはルリの赤くなった手のことだけだ。謝ろうが謝るまいが、ルリの手の痛みは消え失せるというわけではないというのに。
 それはいいから、とルリは言った。
「……それはいいから、西島さん、陸奥先輩とのことは言いふらさないで」
「どうして? 良いことじゃない?」
「……すぐに別れるつもりだから」
 ルリは小さな小さな声で言った。
「ルリ!」
 僕は歓喜の声を上げる。
「いくら自棄になったからって、あんなに簡単にOKするものじゃなかった。陸奥先輩に失礼すぎたよ。こんな中途半端な気持ちでうなずくなんて。ちゃんと、すぐに、間違いでした、別れてくださいって言わなきゃ……」
 歓喜の波が僕の胸を支配する。
 やっぱり、そうだったんだよね。
 他の男と付き合うなんて、ひとときの過ちに過ぎなかったんだよね。
 鈴山と付き合ってないと明かしたのも、遅くはなかったんだ。まだ間に合うんだ。
 鈴山のときとは違う。
 ルリは自分の意思で、陸奥なんて奴を捨て、僕を選ぶんだ。
 それは先ほどのショックを幾分か打ち消し、自尊心をくすぐる答えだった。だってルリ自身の意思でそうしたことは、今までなかったのだ。初めての、甘美なことだった。
 僕は過ちを寛大な気持ちで許してあげよう。他を捨て、僕を選ぶというならば。
「え〜、考え直した方がいいよ、谷岡さん。ほら、付き合っていくうちにだんだん好きになるとかあるじゃない」
「西島さん、君には関係ないよ。ルリが、決めたんだ。ちょっとどっか行ってくれない?」
 邪魔な女だと思い、僕がそう言うと、西島はかっと頬を赤くした。
 ぷるぷるとこぶしを震わせ、ふん、と言ったかと思うと続けた。
「今は谷岡さんは陸奥先輩と付き合ってるわけでしょ! だったら言いふらしたところで間違ってないんだし、問題ないでしょ!」
 西島は捨て台詞を吐き捨て、教室に向かっていった。教室中に言いふらすのだろう。
 ルリが陸奥と付き合ってるなんて噂、たとえ嘘でも聞きたくない。しかし、西島を止めることはできないだろう。
 ルリは小さく息をこぼす。
「今度のバイトの時に、多分先輩はまた来るから……そのとき、別れることを言うよ」
「今すぐにメールでもすればいいのに」
「メールじゃだめだよ。文字にすると、誤解とかしやすいし……ちゃんと直接言わなきゃ」
 僕がメールをするというのを拒否したのも、完全に後腐れなく別れるためなんだね?
 今この瞬間もルリと陸奥が付き合っているという状態というのは、むかむかとし、耐え難く感じるものだけど、これもすぐ終わり、ルリは僕を選んでくれるんだね?
 ルリは顔に影を落としていた。
「陸奥先輩には本当に申し訳ないよ。……最悪、殴られても仕方ないかも」
 ルリを殴る!?

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