奪ふ男

ジョーカー 2−7 (2/4)
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 ルリはケータイを握りしめてうつむいたまま、いいえとは言ってくれなかった。
 もう、遅かった、っていうのか。
 鈴山のことを早く言わなければ取り返しのつかないことになるとは思っていた。だけど、こんなにも早く、こんな、時間の合間を縫うようにして、こんな、ばかな、ばかな!
 何のために、高校入学してからルリの側に人を近寄らせなかったのか!
 何のために!?
 こんな事態を避けたかったからじゃないか! もう鈴山のようなことは嫌だったからじゃないか!
 それなのに、鳶に油揚げをかっさらわれたかのようなこの現状。
 どうしてルリはこうなんだ。どうしてルリは僕だけを見てくれないんだ。どうしてこんなにも簡単に他の男と付き合うんだ。どうして僕ではいけないんだ。
「ルリ、そのケータイ貸して」
 自然と、声には憎悪が滲み出ていた。
「えっ? な、何で?」
「僕が代わりに陸奥先輩に、別れるためのメール出してあげるから」
 思いつく限りの罵詈雑言を書いて送ってやる。逆上するどころか、二度とルリに近づこうと思わないくらいの!
「や、やだよ」
 ルリはケータイをポケットにしまい直した。
「……陸奥先輩と別れたくない、って?」
 ゆらりと、一歩ルリに近づいた。
「昨日付き合ったばかりで、もうそんなに陸奥先輩とやらに執着してるの」
 バイト先で会ったくらいで。
 ルリはふるふると首を振る。
「そうじゃなくて……」
「へーえ、谷岡さんって、陸奥先輩と付き合い始めたんだー」
 浮かれた、癇に障る女の声が後ろからした。
 女は笑う。楽しそうに笑う。
 女は、西島だった。彼女は僕たちに近づいて、とても楽しそうにしていた。
「陸奥先輩って、一年上の、バンドやってるあの陸奥先輩だよね。いろいろ噂は聞くよ、あの先輩のことは。ふーん、ちょっと意外だけど、谷岡さんにはとってもお似合いだよ。おめでとうね」
 猫なで声で祝福し、西島は猫のような目を細めて笑む。
「あたし、谷岡さんと陸奥先輩がずっと付き合っててくれるなら、何だってしてあげるよ? 本当に。遠慮無く相談してね?」
 西島は首をかたむけて、にっこりと口の端をつり上げた。
 僕がショックを受け、哀しみ、怒っていることを知っているのか知らないのか、西島は僕の腕に絡み、フォローにならないフォローをする。
「智明君、谷岡さんは陸奥先輩と付き合うって言うんだし、ここは快く見守ってあげるのが、あたしたち友達の使命だよ。ちょっと寂しいけど、友達だもん。祝福してあげよ? ね?」
 僕がうなずけるはずがなかった。腕を払う。
 そんな使命なんて知るか。西島の勝手な望みだろう。
「智明君、ちょっと今日の機嫌悪いみたいね。……さーて、谷岡さんと陸奥先輩のこと、言いふらしてこよっかなー」
 西島はバレエでもしてるかのような軽やかな動きで背を向け、教室に向かう。
「に、西島さんっ、言いふらすのは、やめてっ……」
 ルリは慌てて西島の背を追い、腕に手をかけた。
 その瞬間だった。
 へたな飛び込みをして水面に身体をぶつけるような、激しい音がしたのは。
 西島は、腕に手をかけたルリの手の甲を強く叩いたのだった。
「なっ……」
 僕はルリの手を取った。あまりに強く叩かれたため、手の甲はバレーボールでもぶつけられたかのように赤くなっていた。
 ルリ自身は呆然としている。
「西島さん、ルリに何を」

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