奪ふ男

ジョーカー 2−6 (3/5)
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 嫌悪の色に、染まる。
「……付き合ってる、の?」
「えっ?」
 ルリはきょとんとした。
 ぼくはルリの答えを待ったけれど、ルリは戸惑ったままでいつまでも答えない。いらいらとして、僕は再び問いを重ねる。
「あの陸奥とかいう奴と、付き合ってるか、って訊いてるんだよ」
「えっ……」
 吃驚して、ルリは目を瞬く。またも、戸惑いの瞳。しかしさっきの戸惑いとは、質が違っていた。
 先ほどの戸惑いは、本当に意味を理解できない人間の、理解しようとしつつも答えが見つからない人間の戸惑い。
 でも今の戸惑いは、答えはわかっているのに、答えるのをためらう戸惑いだった。
 一拍の後の、答え。
「……付き合って、ないよ」
「どうして答えるのにそんなに時間がかかるの?」
 優しく問うことはできず、ぎすぎすとした声になった。
 付き合ってる、付き合ってない。そんなことは簡単に答えられることだ。なんでためらうの? そんな必要ないだろ?
 僕の頭に浮かぶ答えは一つ。
「ルリは僕に、嘘ついてるんだね」
 僕に、ルリが嘘をつく。嘘をつく。偽る。騙す。
 胸が痛みを訴えていた。ルリが、僕をたばかるなんて。
 ルリはぶんぶんと首を横に振る。
「違うよ! 本当に付き合ってない! ……付き合ってとは言われたけど……」
 最後はもごもごと小さな声で言ったものの、僕の耳には届いている。
 僕は冷静にならず、ますます頭が熱くなる。
「……へえ……そんなことを言われたんだ。何したんだよ。色目でも使ったの?」
「ち、違……。バイトしてて初対面で話しかけられて、それで突然……」
「ただバイトして、ただ話をするだけで、告白されるんだ?」
 疑いの沼は底なし沼だった。ぐるぐると頭の中で嫌な想像が、疑いが、回っている。
 僕は先ほどの、赤らんだルリの頬を、憎々しげに思い出す。
「さっきのライブだって、顔を赤くしておいて、よく言うね」
 ルリは自分の頬を両手で挟み、さする。
「え? 顔、赤かった……?」
「そうだよ。顔赤くして、夢中になって見てたよ」
 僕なんて目に入らないくらいにね。
「それは、ライブだから興奮してたんだよ」
 そんなの、うっとりして赤くなっていたのか、本当にライブの興奮だけだったのか、わかるものか。
「いい加減、本当のことを言ったらどうだよ。付き合ってるんだろ?」
「だから違うって……!」
「また嘘? 鈴山のときだって、ルリは僕に教えてくれなかったよね? 僕にはずっと黙っておくつもり?」
 鈴山の名を出すと、今まで必死に否定していたルリは、さっと静かになった。
 訪れた沈黙の時間さえも、言い訳を考えているのかと、僕は疑った。
「……わかったよ。わかったよ! 付き合えばいいんでしょ!」
 きっと顔を上げたルリは、思いもかけない切れ味の鋭い言葉を返す。
「そんなに付き合わせたいなら、陸奥先輩とお望み通り付き合うよ!」
 ルリは背を向け、屋台の並ぶ方へ歩き出す。
 その怒った背を見て、しまったと思った。
 疑心暗鬼に囚われていたのだと、そして本当にルリは付き合っていなかったのだと、僕はようやく背筋の凍る思いで気づいた。
 それは喜ばしい誤算であったのに、僕の疑いがルリを望まぬ方向に追いやってしまった。なんてことを言ってしまったのだろう!

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