奪ふ男

ジョーカー 2−6 (2/5)
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 ドラムの乱打する音が音響効果によって増幅される。ギター、キーボード、ドラムも。そして歌声も。
 目の前に見せつけられ、聴かせられたのだった。
 「DANTE」の演奏を。
 校庭での演奏は突然だったけど、その勢いと熱に、一気に人を惹きつけた。僕が一晩中聴いていた曲も演奏されていた。確かに彼らは「DANTE」だ。
 ボーカル兼ギター・ギター・キーボード・ドラム・ベースという五人の男たち。全員多分、同じ高校生だ。ボーカルは茶髪の長髪、ギターはピアスを開けまくってる、ドラムは黒いサングラスをしてる、などと高校生としては褒められた容姿ではなく、ぱっと見二十代のようにも見えるけれど、最前席という近い場所で見ると、全員若いとわかる。
 まるでゲリラライブのような雰囲気だったけど、組み立てられたライブ会場を見れば、きちんと許可は取ってあったのだろう。この高校の文化祭は、クラスとクラブだけでなく、許可を取れば誰でも参加できるようになっていたはずだから。
 僕は周囲の空気に流された熱狂的な雰囲気とは別に、冷静に、とても静かな冷え切った気持ちで見て、聴いていた。
 ボーカルの男は茶色い長髪を振り、叫び続けている。
 そのボーカルを一番前の席で一心に見つめているルリを見て、その紅潮した頬を見て、心がどこまでも冷え冷えとしていくのを感じていた。

 
「どうだった!? 格好良くて、いい曲を演奏するグループでしょ?」
 ライブ終了後の浮かれ立った気分をまだ残していたルリは、僕に元気よく問いかけた。他の観客も解散し始めている。
「あのボーカルがね、うちの学校の一年上の、陸奥先輩なんだよ。歌うだけじゃなくて、ほとんどの曲の詞も書いてる、すごい人なんだ!」
 こんな情報をルリが知っていることということが、心に吹雪を巻き起こす。
 疑念や不安どころではなかった。もはや確信していた。いや、確信させられた。
「嫌いだ」
 僕は一言で断ずる。その程度の人間だと、切って捨てる。
 ルリは浮かれていた熱が冷めたように、静かになる。
 嫌いだ。ろくに人間の中身なんて知らなくても、何一つ知らなくても、全てが嫌いだと断言できる。
 僕の目の奥に残っているのは、ルリがボーカルの男――その陸奥先輩とやらを見ていた姿。ルリが頬を赤くしていた姿。
 そのボーカルである茶髪で長髪の陸奥。僕は何度か彼を学校内で見たことがあったのだと思い出した。その髪の長さを理由に、教師に叱られているところをだ。叱責に殊勝にしているわけもなく、逆に教師にくってかかっていた。
 それらのことは当時の僕には関係ないからと通り過ぎ、記憶からもほとんど消えていた。もしこうなることを知っていたら、どうにかしていたものを。
「でも……」
 ルリは下を向きながら、言い募ろうとした。
「でも、何さ」
 そのルリに、僕は逆に強く出る。
「僕は学校で、あの先輩が何度も叱られてるのを見たことがあるよ。そんな奴を?」
「そんなの関係ない。陸奥先輩は良い詞を書くんだよ。共感できて、勇気が出る詞。私も頑張って友達作ろうって、勇気をもらったよ。智明だって、よく聴いてみれば……」
 一晩中聴いていたさ。でも僕は共感せず、アマチュアの音楽としか思わなかった。さっきのライブを聴いたって同じだ。
 ルリがこうやって弁護するのを聞けば聞くほど、聴きたくなくなる。嫌悪する。
『谷岡さんには他に好きな男がいるんじゃないかな』
『絶対付き合ってるって』

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