奪ふ男

ジョーカー 2−6 (4/5)
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 だけどここで後悔に立ち止まっているわけにはいかない。こんなのは望んでない。なんとしても今、フォローして、ルリを思いとどまらせなければならない。
「ルリ! ごめん! 疑ってごめん! だから他の男と付き合うなんて、言わないで」
 僕はルリの腕を取る。二度と離さないくらい、強く握る。
 こうして力で繋いでも、嫉妬に狂おうとも、僕は結局のところ、誰よりもその存在を欲しているルリに弱いのだ。
 僕は必死に嘆願した。
 ねえ、お願いだから。僕以外の男と付き合うだなんて、そんな最悪なことは言わないで。お願いだから、僕だけのルリでいて。
 ルリはしばらくしてから振り向いた。少しだけほっとしたことに、ルリの瞳の色は怒りを持たずやわらかい。
 許しを請えと言うなら、いくらだって請う。ねえ、だからそんなこと言わないで。
 僕の顔を見て、ルリは目を細め、顔を歪ませた。
「そんなこと……いい加減に言わないでよ」
「そんなんじゃない。本当に疑ってごめん。だから他の男と付き合うなんて考えないで。僕だけのルリでいて。僕以外の他のものなんて、見ないで、考えないで」
 喉の奥を振り絞って切実さを含ませた、弱者の真実の懇願だった。必死にルリを強いまなざしで見つめる。
 でも、ルリは唇を震わせて、言い放った。
「いい加減だよ! 智明には鈴山君がいるのに、どうして私にそういうこと言うの! 今だって会ってるんでしょ。わ、私を誤解させるのはやめて!」
 ルリは僕の手を振りはらった。強く握っていたつもりのその手は、簡単に振り払われた。そのまま走っていくルリの背。
 
 僕は呆然としながらこのとき、まさか、と嫌な考えが頭に浮かんだ。
 まさかと思いつつ、どんなに考えても否定できない推測。
 まさかとは思う。だけど多分、本当のことだろう。
 ――僕が鈴山と付き合ってると、ルリは誤解してる……?
 思えば、鈴山とどうなったのか、または本当は鈴山とどうだったのか、ルリに語った覚えはない。鈴山という男は、語りたくもない忌まわしい過去そのものだったからだ。
 中学時代は鈴山と付き合ってる噂にはなっても、別れただとか、元々付き合ってなかっただとか、そんな噂は発生しなかった。
 高校入試の合格発表日、ルリは僕の想いを理解してくれたと思ってた。でも、あの会話も、誤解ゆえのことだったら。
『智明が鈴山君を奪ったのは、タチの悪い私に対する嫌がらせだと思ってた』
『嫌がらせ? そんなわけないだろ。僕がどういう気持ちで……!』
『わかってる。わかってるから。智明は、意味もなくそんなことしないよね。私に優しいこともわかってる。智明はただ……一途に、想っているだけなんだよね』
 僕はこのときルリが、僕の想いを理解してくれたのだと思った。でもこの会話が、僕が鈴山と付き合ってると、誤解したままのものだったとしたら。『一途に想ってる』のが『鈴山を』なんて誤解してたとしたら。
 そしてその誤解が今までずっと継続していたとしたら。
 この前、忌まわしくも偶然に鈴山と会ったときも、ルリの気配を感じた。ルリはそのときあそこにいなかったと言ってたけれど、僕がルリの気配を間違うはずがなかった。あのときあそこに、ルリはいたのだろう。そしてそれがまた、誤解を深めたのだとしたら。
 いけない。誤解を解かなければならない。頭の中で警報が鳴る。

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