奪ふ男

ジョーカー 2−6 (1/5)
戻る / 目次 / 進む
 僕はルリに、『新しい彼氏ができたのか』、と訊くのをためらった。
 不安や疑惑の芽がありつつも、そんなばかな話あるはずがない、と笑い飛ばしたい気持ちが勝っていたからだ。僕はそんなことを、信じたくなかったのだ。
 
 
 八階建ての校舎には、エレベーターが二台設置されている。便利なものだけど、あまりに便利なものだから、休み時間は常に満員状態で、さらに各階止まりとなりやすい。そのため、階段を使った方が早いことがよくある。
 教室移動のとき、エレベーター前に待っている人の群れの横を通り過ぎ、階段を使おうとしていた。ちょうどそのとき、エレベーターが止まった。
 思ったとおりエレベーターは満員で、誰かが入ろうとすればブザーが鳴る。
 閉じられる寸前、中から喋り声がした。
「……次は来週だっけ……」
「……そうそう。CDが……」
 男二人の声。後に言った方の声に、僕は聞き覚えがあり、階段へ向かう足を止めた。
 どうしてこんなところで。
 その声は、ルリが持っていた「DANTE」というグループのボーカルの声に、よく似ているように感じた。
 誰だ、と思ってエレベーターを見ても遅い。すでに閉じられ、エレベーターは下がっていった。
 なんで、こんなところで。この学校で。
 エレベーターの下がっていく低く静かな機械音が、耳を通り過ぎていった。
 その音が疑いの芽を吹かせた。


 
 疑惑や不安の芽が、疑うべくもない事実の花となったのは、文化祭のことだった。
 文化祭は二学期最大の行事だ。一学期から準備していたものが実を結ぶ。
 ありきたりだけど僕のクラスは喫茶店で、鬱陶しく思いながら笑顔を向けて接客していた。「隣に座ってえ。ね、一時間!」「おしゃべりしてってよ。ほら、オカワリ頼むから」などと、扱いはホストも同然で、思わず口許がひきつりかけた。酒なんて一滴たりとも出してないけど、こいつら酔ってるのかと思った。
 そして妙なところで疲れたシフトの時間が終わった時、ルリが僕のクラスの喫茶店までやって来て、
「終わった? じゃあ二人で見て回ろうか」
 と当たり前のように笑顔で言ってくれたとき、どうでもいい奴らの相手をさせられた不快感も何もかも、ふっと霞のように消え失せたような気がした。ルリは僕の癒しだ。
 僕は思わずルリの肩口に額を乗せた。
「お、重いよ、智明」
 ルリが慌てて僕の頭を持ち上げようとする。でも途中でやめた。
「……疲れたの?」
「うん」
 ルリからは甘い香りがした。ルリのクラスはクレープ屋をしていて、ルリはそのクレープを焼く係だったという。香りが移ったのだろう。エプロンとバンダナ姿で、器用にクレープを薄く焼く姿が目に浮かぶ。
 僕とルリは同じシフトの時間に揃えていた。ルリがクレープ屋で働いている姿を見れないのは残念だけど、一緒に回るためだ。
「ウェイターも慣れないと大変だよね。私もウェイトレスのバイトを始めた時は、いろいろ戸惑っちゃったよ。――そろそろ、行く?」
 正直、このままルリとべったりしていられるなら、どこを回らなくたっていい。
「疲れなんて吹っ飛ぶような、元気が出るのがあるんだよ。さ、行こ」
 怪訝に眉をひそめて顔を上げる。ルリはうきうきとした顔で、僕を促した。
 
 
 ルリは一心に前を見ていた。隣にいる僕でなく、前を、顔を上げて少し上にいる人物たちを。

戻る / 目次 / 進む

stone rio mobile

HTML Dwarf mobile