奪ふ男

ジョーカー 2−3 (3/5)
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「さっきルリ自身が言ったじゃないか、榊の助けは必要ない、って。ルリはこの現状で満足してるんだよ。榊がルリにぐちゃぐちゃ言うのは余計なお世話なんだ」
 榊は沈黙した。
「……確かに」
 そう答えたのを聞いて、僕は軽くほっとし、口許を緩ませた。
「……だけど、谷岡さんは本当にいいと思ってるわけねえだろ」
「いいんだよ」
 それでいいんだ。それこそがいいんだ。
「いいわけねえだろ。お前想像しろよ。ダチいなかったらいろいろ辛いだろ。いずれ……」
「おっはよー、智明くーん、逢えなくて寂しかったあ!」
 後ろから突き飛ばされるように衝撃があり、僕の首に女の腕が絡まりついてきた。
 にこにこしている西島だ。カバンを持ったまま後ろから抱きついてきている。一時間目が終わった今、登校したらしい。
「昨日の遠足に行けなくて残念だったー。智明君と一緒にイルカとか見たかったのに」
「……西島さん、風邪はいいの?」
「やっと治ったんだあ」
 もっとゆっくりと家で休んでいればいいものを。絡んでくる腕を解き、さりげなく離れるように冷たく言う。
「とりあえずカバンを置いてきたら?」
 西島は持っているカバンに目を向ける。西島は自分の席に向かった。
 さあルリのところに行こう――と扉に向かって歩き出したら、
「……お前、谷岡さんが好きなの?」
 と唐突に榊は言い出した。
「西島と谷岡さん、微妙にというかあからさまにというか、態度が違うんだけど」
「さあどうだろうね」
「その答えが肯定も同然だろ。でも理解できねえな。好きならなんで、友達を作らせないなんて悪質な嫌がらせを……やっぱり理解できねえ。わけわかんないし、谷岡さんが良いって言うなら、もういいや」
 榊は首をかしげつつ、あくびをして机に寝そべった。
 この諦めの良さ、それが榊の長所だろう。できることなら、そもそもまったく関わってこないでほしかったけれど。
 とにかく榊のことは片が付いたか。
 理解できなくたって、されなくたっていい。僕は僕の望む未来のために動くだけだ。
 そして榊が近づかない今、その望んだ未来が手に入ったのだ。

 
 このことがあってから、ルリは榊に近づくことはなかった。榊もだ。望んだとおりの展開。
 ルリは僕を頼る。時折、「これでいいのかな」とルリはぽつりと漏らすが、僕はいつも「いいんだよ」と答える。ルリは僕だけを見ている。僕だけ、僕だけを。
 ……僕はそれに、油断していたのかもしれない。僕とルリの間に入り、邪魔をする人物は榊だけではなかったということを、失念していたのだ。
 

 部活動に参加しない帰宅部にも弊害というのは存在する。
 僕のクラスだけなのか学校全体の慣習なのか、委員というのは部に入っている者より帰宅部を優先的に所属させることになっている。
 僕は図書委員となっていた。委員の中でも図書委員であることに特に理由はない。
 一学期に一回、『図書館だより』というものを作成し、そこで各クラスの委員が選んだおすすめの本を紹介するのが、主な仕事だ。
 六月の中旬。ちょうどその締め切りが迫りつつあった頃、僕は放課後の教室に残っていた。不本意ながら同じ委員の西島と。
「智明ー、帰ろう?」
 西島と机を向かい合わせていると、扉からひょっこりとルリが顔を出した。ルリは僕の前にいる西島に驚き、開けてすぐの扉が揺れた。

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