奪ふ男

ジョーカー 2−3 (2/5)
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 僕が言ったところで、『お前には関係ないだろ』と返答されるかもしれない。しかしルリ本人がそう言えば、話は違う。榊はもう、引かざるを得ない。
 榊は垂れた目に胡乱さを宿し、僕を注視していた。
「……谷岡さんって、金原に弱みでも握られてんの?」
「そんなこと、ないよ」
「あはは、変なことを言うね。そんなはずないじゃないか。僕とルリは仲の良い友達同士なんだから」
 場を和ませるために僕はことさらに笑った。
 弱みなら、ある。
 ルリに友達がいない、僕しかいない、という弱みが。
 だがルリはそれを『弱み』などと表現しないだろう。それを『弱み』なんて言えるほどルリは直視して立ち向かっていないし、強くない。
 逆にその弱さがしびれるようにたまらない。
「わけわかんねえ……谷岡さん、それでいいのか? そりゃ俺が手を貸さなくたって一人でできるっつうならいいけど、そうは見えないけど?」
「…………」
「金原といたって、友達できねえよ? このままでいいと思ってないだろ?」
 榊はルリを揺さぶる。ルリは顔をそらしながら、それでも揺さぶる榊の言葉に何かを返そうと唇を動かしていた。
「榊、やめろ」
 何の権利があってそんなことをしてるんだ。たとえこいつにそんな権利があったところで、我慢できないけれど。
「余計なお世話ってことに気づかないのか?」
 榊が詰まった時、チャイムが鳴った。
「……教室行くね」
 どこかうつむいた沈んだ表情と声で、ルリは別れのあいさつをする。
「うん。じゃあ次の休み時間にね」
 僕が手を振ってそう言うと、ルリはちょっとだけ表情をあかるくした。
 

 教室に入り、自分の席についてから、僕は気づいた。席替えは遠足直前だったのだが、僕の席の隣が榊の席だった。
 僕は席やその周囲を気にしない。席替えというものが存在するのに、覚える意味があるのだろうかとさえ思う。クラスメートの顔と名前を覚えるのもだ。どうせ一年で変わるし、三年で卒業するのだし。
 同時に教室に入ってきた担任の教師により、朝のホームルームがあった。次に一限目の数学の時間が始まる。
 高校に入学して二ヶ月しか経っていないが、僕は数学に苦手意識を持っている。
 早く終わって、休み時間になれば、ルリと逢えるのに。そんなことを一時間中考えていた。
 
 ようやく長い数学の時間が終わり、喜び勇んでルリの元に行こうとすると、隣にいる榊が眠い顔とは裏腹の冷たい声で話し始めた。
「俺、知ってんだよな」
 榊の席は窓側の端だ。榊の隣にいるのは僕だけということになる。僕に顔を向けているわけじゃないけれど、どうやら僕に話しかけているようだ。
「お前が入学してから谷岡さんの周りでやってたこと」
 周りでやってたこと……?
 ルリと一緒に登下校したりお昼を食べたりしてきたこと……ではなさそうだ。榊は渋い顔をしている。
 ルリの周囲から人を排除していったことだろうか。
「それが?」
「それが、って……。何考えてあんなことしてんだよ」
 呆れたように、そして咎めるように、榊は口を尖らせている。
「そんなの榊に関係ないだろ」
 こいつに明かす必要を感じない。
「僕が何を思おうと、何をしようと、榊に関係あるか?」
 ねえけど、と不満顔で榊が言う。
 ああ面倒だ。僕とルリのことに首をつっこむなよ。

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