奪ふ男

ジョーカー 2−3 (4/5)
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「あれ谷岡さん。今からあたしと智明君で、一緒に図書委員の仕事をしなきゃいけないの。ごめんね、一人で帰って?」
 西島は妙に威嚇するような声を出した。
 締め切りが迫っていることだし、さっきからその仕事をしようということで教室に残っていた。
 ルリはちらりと申し訳なさそうに僕を見る。
「じゃあ……外で終わるの待ってるよ」
「大変な仕事だし、きっと遅くなるから帰った方がいいと思うけどなあ、あたしは」
 西島の言葉に僕はかすかに眉を寄せた。本を紹介する原稿を書くぐらいで、何が大変な仕事だ。
「そんなにかからないから、待っててよ」
 僕がそう言うと、元気づけられたかのようにルリは大きくうなずいて、教室を出た。きっとすぐ外の廊下にいるのだろう。
 実際、大したことのない仕事だ。適当な本を選んで、原稿の半分以上を適当にあらすじで埋め、残りを適当な感想を書けばいい。
 だからどちらかが本を選び原稿を書くか決めれば、今日の話は済む。
 しかし、西島は、
「二人で本を決めて、二人で書こうよ」
 と言いだした。
 あれがいい、これがいい、でもそっちもいい、智明君の好きな本は、あたしの好きな本は、と話は遅々として進まず、挙句、僕の好きなものだとか関係のないことまで脱線した。
 外ではルリが待っているというのに話は終わる気配を見せない。青空があかね色の空に変わろうとしている。
 いったいいつまで、こいつと無意味なこんな話を……!
 ついに我慢が限界に来た僕は、
「もういいよ。僕が全部書く」
 と言って立ち上がった。
「えっ、二人で書こうよお」
「西島さんはやる気がないんだろ? 僕がやるからいいよ」
 僕だって意欲的じゃない。それでも、ぐだぐだ言い合っているくらいなら引き受けて、ルリと一緒に帰りたい。
 原稿をカバンの中につっこみ、肩にかける。扉を開けた。
 すぐ横でルリがぼーっと窓から空を見ていた。
「ルリ、待たせちゃってごめん。帰ろう」
「あ、終わった?」
 ルリは、はっと気づいたように僕に顔を向け、たまらない笑顔をくれた。
「あれ谷岡さん、まだいたんだ」
 西島の言い草は、さも居ることが悪いとでも言いたげだ。慌てて僕を追ってきた西島もカバンを持って、教室を出てきていた。
「じゃあ西島さん、さようなら」
 僕は笑ってルリの肩に手をかけ、西島に背を向ける。
 ルリはためらいつつも、押す僕につられるように歩き出す。
 さあようやく、ルリとの楽しい下校の時間だ。
 ――と思っていたところに、西島の声が空気を裂いた。
「谷岡さんってさあ、高校入ってから智明君以外、全然友達いないよねえ?」
 ルリが、足を止めた。口がきゅっと閉じた、白い顔で。
 西島とこれ以上おしゃべりをする気はない。ルリの背を軽く押してうながそうとするが、ルリはまったく動かない。
 ルリはゆっくりと、西島に振り返る。
 無表情で余裕のかけらもないルリとは対照的に、西島は悠然と、くすりと笑う。
「今日だって、智明君以外に一緒に帰る友達がいないんでしょ?」
「……西島さんに関係ないでしょう」
「あたしにはないけどー、智明君にはあるじゃない」
 西島は僕の顔を見て、困ったように顔をしかめた。そして良識ある第三者みたいに言ったのだった。
「いくら同じ中学出身だからって、智明君に寄っかかりすぎじゃない? 智明君にだって都合あるんだしさ。ちょっとは迷惑を考えたら?」

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