奪ふ男

ジョーカー 2−1 (3/4)
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 ルリの周囲に人を寄せ付けないために時間を費やしすぎたのかもしれない。入学して一ヶ月は経った。もういいだろう。そろそろ人は固まり始め、グループを形成する。ルリはそれに弾き出され、微妙に孤立している。もう排除の必要はないだろう。これからはもっともっと、ルリと一緒にいよう。
 ルリのその寂しさを埋めるように。
「僕だけはルリの側にいるからね」
「ありがとう、智明……智明と一緒に高校に来れて良かったよ……」
 安堵に充ち満ちた声で言い、ルリは僕の腕に手を回す。
 そうだよ。僕だけを見ていればいいんだ。
 ああなんて幸せなのだろう。ルリは僕だけを見ている。僕を求めている。他の友達を作るなんてことを忘れさせるくらい、一緒にいて、満足させよう。
 僕は内心の歓喜を表すように、強く抱きしめた。ルリは抵抗しなかった。それどころか、僕に身を預けるように後ろへ重心を移す。しかし、その途中で、はっとルリは身を固くした。
「智明……鈴山君は……?」
「鈴山?」
 冷たい声が出た。なぜ今、学校も別の、忌まわしい忘れたはずのその名が出てくるのか。まだ未練があるのか。水に流すとか言ったくせに。
 するりと腕をはずし、咎めるように言った。
「……鈴山のことは話題にしないようにしようって言ったのは、ルリじゃなかった?」
「あ、そうだったね……。ごめん……」
 ルリは口籠もって、そのまま黙った。
 
 
 公園から家までの距離は、そんなにない。大通りを歩くこともないし、閑静な住宅街を走る細い道だけだから、近所の人と出くわすことはあっても、めったに同じ学校の奴らと会うことはない。
 ……はずだったが、その時は違った。
 四つ辻でちょうど、僕たちから向かって右から走ってくる自転車に乗った、少し知った顔の人間と遭遇した。
「あ、榊君」
 僕は無視しようとしたのに、同じく気づいたルリが声をかけた。
 でもそも男は気づかないのか、走り去ろうとしている。
「あれ、気づかないのかな。榊君、さ、か、き、くーん」
 ルリは口の周りに手をやり、山に向かって叫ぶかのように呼ぶ。
「ルリ、きっと別人だよ」
 せっかくの僕とルリの二人の時間を、わざわざ削る必要はない。
 でも、タイミングが悪いことに、そいつは振り返り、自転車を止めた。
「谷岡さん、と、金原……。奇遇デスネ」
 榊。下の名前は忘れた。垂れ目で、いつも眠そうに見える顔の男だ。そのせいか、天然パーマ気味の黒髪も、寝癖のように見える。僕と同じクラスの奴だ。今はジーンズに薄手のシャツというラフな格好をしている。
 隣のクラスのルリがなぜ知っているか、僕がなぜ名前を覚えているか、というと、こいつがルリと同じ水泳部に所属しているからだ。
 僕と同じクラスだけあって、ルリに近づくかどうか監視しやすく、最低限の名前は覚えた。ルリに近づくそぶりを見せたことはなかった。
 が、どうやらルリは名前を覚えるくらいにはこいつのことを知っていたらしい。そしてこいつも、ルリの名字を知っているくらいには知っているわけか。
「うはあ、嫌な予感がしたんだよなあ……黒猫が横切ったし……第六感に従うべきだった……」
 ぶつぶつわけのわからないことを言いながら、自転車を押して榊は近づいてきた。
 そいつはルリと挨拶を交わすと、ちらりと僕の方を見る。本当にちらっと、窺うように。
 その目は何だ? どういう意味だ? 僕が邪魔だとか思ってるんじゃないだろうな?

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