奪ふ男

ジョーカー 1−5 (4/5)
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「谷岡とのことを怒ってるのか? 言っとくけど、俺は谷岡をそんなに好きってわけじゃねえんだから。谷岡が告ってきたから何となく付き合ってただけなんだからな」
 僕の足が止まる。
 ……なんだって? ルリが、告白した? ……こいつに?
「俺としては、仕方なく付き合ったっつーか、とにかく谷岡のことは俺はもう何とも思ってないし」
 ルリが。
 必死で見ないふりをしていたものが、目の前に現れた。
 僕には手を繋ぐことを許さなかったのに、鈴山には許したこと。鈴山にファーストキスをあげたこと。
 浮気していると言っても、庇うような言葉を口にしたルリ。
 僕は気づかないふりをしていた。
 ルリが、僕よりも鈴山を選んだことを。それはルリ自身の意思であることを。
 その理不尽さに、ふつふつとした怒りが生まれてくる。それは絶対にいけないと思っていた、ルリに対するもの。感情が全身を支配する。思わずこぶしを握りしめていた。
 僕は、ルリに優しくしたかった。ただただ、いたわりたかった。
 それは、ルリが鈴山のことを何とも思っていなかったら、だ。付き合ったのも、せいぜい好奇心程度の感情によるもの、もしくは鈴山に騙されたためだと思っていた。
 だけど、ルリは、鈴山に告白した。それって、進んで鈴山と付き合おうと思って、それまで一緒にいた僕を捨てた、ってことだよね?
 ルリは、僕を裏切り、僕を捨てたんだ。
 呆然とその事実に向き合う。
 僕だけを見て、僕だけと一緒にいてほしいのは、今も同じ。
 鈴山と別れた今、慈愛に満ちた顔を向け、慰めるのが最良だとわかっている。優しくしたいとも思う。でも、どれだけ包み込むように大切にしたところで、ルリは僕を裏切ったんだ。僕の優しさなんて意味がなかったのか。思わず笑いそうになる。
 今、僕の心に宿るのは、どろりと濁った、明確な形をなさないもの。これは何だろう。ただ言えるのは、優しさなどと呼べるものではないこと。
 燃えさかるそれに、最良の選択も理性も、吹き飛んでいた。


 その日の放課後、僕はルリのいる二組の教室へ向かった。僕のいる三組はホームルームが終わるのが遅れ、二組はすでにがらんとして、ルリしかいなかった。
 ルリは呆然と席に座っていた。本を読んでいる様子もなく、帰りの支度をしているわけでもなく、ただ座ってうつろな目でどこかを見ていた。
 ショックを受けているらしいその様子に、僕は怒りが深まるのを感じた。
 別れて傷ついたなら、僕の元に来て、って言ったのに、ルリは来なかったね。とっても傷ついていそうな様子なのに。
 ねえ、ルリにとって、僕は何? 僕の言葉も何もかも、ルリにとって、意味がなかった?
 そしてルリのそのショックは、『鈴山に』裏切られたから?
 ふと、僕の存在にルリは気づいたようだった。
 僕は自分がどんな表情をしているかわからない。その僕の顔に、ルリはひるんだようだった。座っていなかったら一歩引いていたような動きをして、ルリの手からシャーペンが落ち、ころころと転がる。
 ……ルリは、噂を知っているのだろうか。僕と鈴山がどうとかいう噂は、一日のうちにたちまち学校中に知れ渡っていた。
 ルリの顔は驚きに満ちているものの、特にそれ以上の感情は読み取れない。知らないのかもしれない。
 ルリにとって僕は何だろう、と再び思った。
 ただ都合のいい、優しくしてくれる男?

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