奪ふ男

ジョーカー 1−5 (3/5)
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 だけど、鈴山と別れることを可哀想だとは、微塵も思わない。あんな男と別れたって、別に構わないだろう。大体、害としかならない男なんだ。
 ねえ、ルリだってそう思っているよね?
 僕は今、気づきたくない部分に蓋をする。

 その蓋が開いてしまうのは、種が割れて毒々しい葉が芽生えるのは、すぐのことだった。


 その日はやってきた。
「金原っ!」
 休み時間、クラスの違う鈴山が、息せき切って僕のクラスに現れた。
 一直線に僕の元に近づくと、待っていた言葉を小声で告げる。
「谷岡と、今朝別れてきた」
 僕は喜びに目を爛々と光らせる。
 別れた。
 別れた……!
「な、言ったとおりにしたろ。何でもする、って言ったよな……」
 馴れ馴れしく鈴山は顔を近づけてきた。その目は血走り、急いている。
 なんて簡単で単純な男なんだろう。こんな誘惑に弱い男、ルリにはやはりふさわしくなかったのだ、と僕は再確認した。
 こんな男、ルリと僕の間から消えてくれて用済みになれば、いい顔をする理由などない。
「何のこと?」
 僕は一歩引き、距離を作る。
「は? 何のことって、この前の……ほら……」
 鈴山はたどたどしい言葉を使い、よくわからない手振りをする。
「知らないね。鈴山君、何か勘違いしているんじゃないかな」
 僕は教科書とノートと筆記用具を手に、鈴山の横を素通りする。次の時間は移動教室だ。
「お、おい、ちょっと待てよ! 何言ってるんだよ! お前この前俺に迫ってきてただろ!?」
 鈴山の大声によって、教室中でざわめきが起こった。
 こんな人の多い場所で、この野郎……!
「え!? 金原君が鈴山に迫った!?」
「嘘だろ……!?」
「にしても、なんで相手が鈴山……」
 誰も彼も聞き耳を立てていたのか、と思うほどに、教室中でささやきあっている。しまった、という顔をしている鈴山。
「ちょっと! 鈴山、嘘つくのやめなさいよ!」
 遠巻きに見ているクラスメートたちの中で、ずかずかと西島が近づいてきた。彼女は鈴山に食ってかかった。
「そもそもあんた、谷岡さんと……」
「いや、それは、過去のことっていうか……。とにかく、金原が俺に迫ってきたのは本当だって!」
「はあ?」
 西島は意味不明、とばかりに、高い声を上げる。
「一体どういうことよ?」
 その疑問は、この場にいるほとんどの人の思いだったらしい。みながみな、じっとこちらを見ている。
 興味本位の視線に晒される不快感は、ピークだった。
「ここじゃなんだから、別のところに行こう」
 僕が鈴山に促す。鈴山も居心地悪かったのか、黙ってついてきた。


 校舎の横の、人気のない花壇のあたりで、僕は足を止める。人気がなく、誰もろくに手入れをしていないのか、枯れた草花がそのままそこにある。
 振り返り、開口一番こう言った。
「とにかく、迷惑だから近づくな」
 もはや大抵の場合は浮かべている笑顔すらない。ああいう目立ち方は、最悪だ。あの様子では、一日で噂が学校を駆けめぐりそうだ。
「な、なんでだよ。俺、言うとおりにしたぜ? 理由を説明しろよ」
 うるさい。さっさと黙って消えればいいものを。
 僕は無視し、早足で去ろうとした。そこに焦った鈴山の声がかかる。

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