奪ふ男

ジョーカー 1−5 (2/5)
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 そのカバンに付いてしまった砂を払い、僕はルリの背を撫でた。優しく、いたわるように。
「可哀想なルリ。ね、鈴山ってそういう人間だったんだよ。ルリが付き合う価値なんてなかったんだよ。いくらでも僕が慰めてあげる。ね、鈴山なんていなくても、僕がいるんだから……」
 僕はいくらだって、裏切られて辛いルリを慰めてあげよう。どんな人間であろうと、裏切られれば、一時的には怒りや辛さがあるものだろう。
 でもそんなこと、本当に一時的なことだろう? 鈴山なんてどうでもいい人間なんだから。
 僕はいくらでも慰める。あとはそしたら、きれいさっぱり元通り。いや、以前よりも僕たちの仲は深まるだろう。
「……ありがとう、智明」
「お礼を言われることじゃない。当然のことだよ」
 僕はルリの背を撫でる手を、彼女の肩に移動させた。
「ね、忘れないでね、ルリ。僕はいつだってルリの近くにいる。それはルリが大切だからだよ。家族のように、何となく近くにいるわけじゃないんだ。近くにいたいと思っているから、近くにいるんだ。一番近い他人として、僕はいつだってルリを慰めるよ」
 僕はルリを家族のように思ったことはない。父さんや母さんのような、いようがいまいが同じの『家族』と一緒じゃない。
 一言でいうなら、特別なんだ。他とは比べられない、特別。
 ルリは顔を上げた。表情が少しあかるくなっていた。
 僕の手からカバンを受け取り、ルリは強くうなずく。
「うん……本当にありがとう。慰めようとしてくれる気持ちが、すごく、嬉しい。心に沁みるよ」
 でもね、とルリは微妙に硬い表情となって、続けた。
「本当に鈴山君が……浮気、しているのか、わからないでしょ?」
「いや、確かに鈴山は……」
「それは噂だけでしょ? 本当はどうかわからない。鈴山君に話も聞かず、噂を鵜呑みにするのもどうかと思うんだ」
 はっとしたように、ルリは僕に弁解した。
「智明の話を信じてないってことじゃないよ? 本人に話を聞くと、実は誤解ってことはよくあるから、確認は必要じゃない? 彼女としてね、本人に直接聞きたいっていうか」
 噂どころじゃなく、本当なのに。
 しかしルリはもうすぐ、それが真実だと知り、別れることになる。それはあと数日後のことだ。それくらいなら、広い心で待とう。
「……わかったよ。でもね、ルリ。本当に鈴山君がルリを裏切って、別れを切り出してきたら、僕のところに来るんだよ。いくらでも慰めてあげるんだから。ね、忘れないでね」
「なんか不吉なこと言うね。……でも、うん。もしそうだったらね」
 ルリはカバンを肩にかけ直す。
 それから、鈴山の話題から別の、とりとめのない話題に転換し、僕たちは二人で帰宅した。
 僕は、ルリと久しぶりの二人きりの時間、二人きりの会話を楽しんだ。
 胸の中に宿った、種を見なかったことにしながら。
 気づいちゃいけない。芽生えさせちゃいけない。
 このまま、予定通り鈴山はルリに別れを切り出すだろう。そして、僕はルリを慰める。そうすれば、僕の大切さをルリはより知ることだろう。鈴山は排除され、ルリと近づく完璧な計画。
 僕のすべきことは、優しさに溢れた言葉でルリを慰めること。
 そのためには、この種は芽生えちゃいけない。気づいちゃいけないことがあるんだ。
 僕は裏切られるルリを可哀想だと思う。誰にだって裏切られれば、辛いものだろうから。

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