奪ふ男

ジョーカー 1−3 (3/5)
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 きゃあきゃあ言い合う女子。苛立ちを抑えることなく、もう一度問う。
「ルリは!?」
「ルリ……谷岡さん? 谷岡さんなら、同じ今日の掃除当番だったよ。ついさっき帰ったばかりで……あ、金原君?」
 それさえ聞けば用はない。僕は再び靴箱のある玄関へと、周囲を見渡しながら向かった。東校舎には二つの主な階段がある。僕が登ってきたのは北の階段。そこではルリは見かけなかった。つまり、ルリは南の階段を使っていることになる。
 僕は南の階段を駆け降り、二階にいるルリの後ろ姿を見つけた。肩ほどまでの黒い髪。学則通りのスカートの丈。そんな女はいくらでもいるけれど、僕がルリを見間違うはずがない。
「ルリ!」
 階段から下りながら呼びかけると、驚いた顔をして振り返ったのは、やっぱりルリだ。
「誰かと付き合うって、本当!?」
 ルリは周囲を見回す。まだ学校には残っている生徒がいて、僕たちの見える範囲にも何人かいた。彼らは興味深そうに見てきたけれど、知ったことか。
「ちょっと、大声でそんなこと……どこかの教室に入ろう」
 ルリは気にしたようだった。すぐ隣にあった、どこかの教室に入る。すでにそこは誰もなく、電気も消されていた。でも窓にはカーテンはかかってなくて、西日が差し込み、暗くない。
「付き合っているって……私と、鈴山君のこと?」
 小さな声で、ルリは僕に問いただす。西島の言葉を思い出すと、相手の名前は確かそうだった。こくりとうなずく。
 ルリは少し眉根を寄せた。
「鈴山君がしゃべったのかな……あんまり広まってほしくないけど」
 ひとつ小さくため息をついて、ルリは言った。
「うん、そうだよ。鈴山君と付き合うことにしたんだ」
 こともなげに。
「付き合い始めたのは、三日前からなんだ。智明と一緒に帰るのをやめて、ちょうど家が一緒の方向だった鈴山君と帰り始めたのが縁で。男子と女子で分かれてるとはいえ、同じ水泳部だったから、話もする方だったしね」
 こともなげに、ルリはすらすらと僕に説明した。信じられないことを、その口から。
 目の前が暗くなる。このまま倒れて、全てを悪い夢の中のことにしたいくらいだ。
 眩暈がした。喉がひくついた。次の瞬間、感情のままに言葉を口にしていた。
「……れろよ」
「えっ?」
「別れろよ!!」
 かっとなって叫んでいた。ルリの顔のすぐ隣にある壁に手をつく。その音にルリがびくりとしたのは一瞬。ルリの顔に、いろんな感情が走ったように見えたのも、その一瞬だけ。驚き、甘やかな悦び、次いで打ち消すように自嘲気味の苦い諦め。
 鈍い色の瞳で、ルリはぼんやりと僕の顔を見て、首をかしげた。
「どうして?」
 どうして――どうしてだって?
「理由も何もないだろ! とにかく、別れろよ!」
 そのときの僕は、ただただ感情に突き動かされて口を動かしているにすぎなかった。なぜ、別れて欲しいのか。そんな答えはしばらくしたら簡単に出てくるけれど、そのときの僕は、うまく口にできなかった。別れて欲しいから、別れろと言っている。それぐらいの、反射的なことしかできなかった。想像もできなかった事態に、そんな単純なことしか言えなかった。
 僕の答えに失望したのか、ルリは諦めたように首を振る。

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