奪ふ男

ジョーカー 1−3 (2/5)
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 心中としては、あからさまにがっかりした。だけど表に出すことはなく、そのまま笑顔でいた。他の人間に絶えず笑顔を向けるのは、感情云々ではなく、もはや習慣だ。
「やだ、ひとみって下の名前で呼んでいいよお」
 覚えるのが面倒だから、下の名前を記憶するつもりも呼ぶつもりもない。
 西島はルリに食ってかかってきていたときのような鬼の形相から一変して、いつものあかるい猫のような笑みを浮かべていた。けどあの顔を見た後だと、どうにも嘘くさく感じる。
「ごめんね。一人で帰りたい気分なんだ」
「そんな、一緒に帰った方が楽しいよ」
 ルリと一緒なら、だ。他の奴が一緒でも、楽しいわけがない。
 ごめんね、と再び言おうとして、やめた。
 彼女に少し追及したいことがあった。
「……ねえ、ルリと喧嘩してたことあったよね、西島さん」
「え……?」
「大喧嘩して、ルリにわけのわからないことを言ってたけど、どういう意味? 僕に関係あるっぽかったけどさ」
 西島は視線を宙に浮かせ、考えるそぶりを見せた。
「え、ちょっと何のことか……」
「とぼけるの?」
 僕が笑みを消して見据えると、西島は大きく手を振って早口で否定する。
「とぼけてるんじゃないよ。確かに……谷岡さんとは喧嘩っぽいことはしたことあったけど、あれは本気の喧嘩じゃなくてさ、うん、友達同士のスキンシップ? 智明君の言うような、大喧嘩なんて。ふざけあっていただけっていうか」
「ふざける……? 僕は、ルリと西島さんが友達っていうのを初めて知ったよ」
「ええ、谷岡さん言ってないんだあ。それともあたしが勝手に谷岡さんのことを友達だと思ってるだけで、谷岡さんはそう思ってくれないのかなあ。ちょっとショック〜」
 西島は傷ついたように胸を押さえた。
「友達だからキツイことも言い合えるっていうか、智明君が心配することないから」
「僕のことが話題になっていたようだけど?」
「そもそも智明君はあたし達のどんな話を聞いたの?」
「……僕がルリのことを疎んじているだとか、僕が君を女として見てるだとか、わけのわからないことを言ってた」
 ためらいつつ、口に出す。本当は言いたくなかった。詳しく思い出そうとすれば、それはルリの問題の発言をよみがえらせることになるから。
「ああ、あれね」
 西島がほっとしたかのように見えた。気のせいか?
「うんあれは……仮定の話だよ。もしそうだったら谷岡さんはどうするの、って聞いてたの。なんだかヒートアップしちゃって喧嘩しているように見えちゃったかもね。気にしないで、本当に、友達同士のふざけ合いなんだから」
 何やらごまかされている気がする。本当にあれがふざけあい? 喧嘩じゃなかった? あれが友達に向ける顔?
 でも、次に焦ったように口にした西島の爆弾発言は、もっと大きな問題を僕に突きつけ、もやもやと抱いていた彼女への疑問を忘れるほどのものだった。
「谷岡さんっていえば、最近一組の鈴山君と付き合い始めたんだってね」
 僕の中の時が止まった。
 ――は?
 なにそれ……。


 僕は帰るのをやめ、教室の方へと戻り、ルリのいるはずの二組に向かった。西島が引き止めようとしていたが、無視した。どうでもよかった。一番大事なことは、ルリに話を訊くこと。
 二組に走って行くと、教室に残っていた数人は掃除用具を片付けているところだった。掃除を終えたところのようだ。
「――ルリは!?」
「え、金原君? うそやだ、え」

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