奪ふ男

ジョーカー 1−3 (4/5)
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「確かに私は鈴山君のことをよく知ってるとは言えないし、彼氏としていい人なのか悪い人かも知らない――そんな何も知らない状態で付き合うなんて軽すぎるとは思うけど――、でも、智明には関係ないことじゃない。私のことだよ。私の自由でしょ」
 どこか投げやりながら、譲るつもりのないルリの芯の強さが露わになる。踏み込むな、という。そして踏み込んだとしても変えるつもりはない、という強さ。
「私は智明にこういうことを口出ししたことなかったよ。私が嫌だと思っている人が智明の近くにいたって、私は何も言わなかった」
「な、誰だよ。言えば――」
 ルリが嫌がった人間が近くにいたというなら、ルリの望むようにした。そんなこと、言ってくれればすぐに――。
「私にとっては苦手でも、智明にはその人の良いところが見えたから一緒にいて仲良くしたんでしょ。私が文句を言うことじゃないよ」
 良いところが見えたとか見えないとか、そんなこと考えて他の奴らと一緒にいたんじゃない。ルリがいない間の、適当なものだったのに。
「親しき仲にも礼儀ありだよ。私たちはただの友達でしょ。鈴山君と智明が付き合っているならともかく、付き合っているのは私だよ。智明に何言われたって、別れるつもりはないよ」
 僕に向けられたルリの言葉は、胸を突き刺す杭だった。壁に伸ばしていた手を離す。
 ただの友達……なんて冷淡な響きだろう。僕たちの関係は、そんな言葉で片付けられるような、薄く軽いものだったのか。少なくとも、ルリはそう思ってたのか。
 僕のショックを感じ取ったのか、ルリはすまなさそうにしながら、小さく笑った。
「ちょっと冷たく言い過ぎたかな。智明のワガママはかわいいけど、子どもっぽいところは直していかなきゃだめだよ。来年は高校生になるんだし。それぞれ自分の世界ができあがっていくんだから」
 ルリは左手に巻かれたかわいい腕時計を見た。
「あ、もう時間。これから鈴山君と帰るんだ。じゃあね、智明」
 ルリはカバンを肩にかつぎ直し、教室を出て行った。

 ……なんだ、これ。
 僕は呆然としていた。この信じられない事態に。
 一週間前まで、ルリには確かに僕より近しい人はいなかった。それが、たかが一週間離れただけで、他の奴のものになる? 近すぎて恋愛感情抱けないとかルリが言ったから、僕は内臓がえぐられるような気持ちで離れたっていうのに、その隙をつかれた……!?
 何でだよ、何が悪かったっていうんだよ……!
 ルリの笑い声が聞こえて、反射的にそちらに顔を向けた。
 彼女は窓の外、校門に向かって歩いていた。隣に、男を連れて。
 そういえばさっき、鈴山と帰るとか言ってたな。じゃあ、あれが、鈴山。
 鈴山という男は、僕よりも背が高そうだった。筋肉質で、髪を刈り上げていて、見るからに体育会系だ。
 鈴山は何か面白いことを言っているのだろうか、ルリは絶え間なく笑って、軽く奴の腕を叩いてさえいる。
 二人は並んで、しばらく顔を見合わせる。ふいにルリはうつむく。右手に目を落としている。その右手を、奴の左手と繋げた。
 鈴山は振りはらうことなく、強く握りしめ、挙句の果てにルリを引き寄せる。
 二人は手を繋いで、そのまま校門を出て行った。
 ……僕はただ見ていた。その呆然とせざるを得ない現場を。
 十五年、僕とルリは一緒だった。それが、たかが一週間離れただけで、ルリは別の男のところに行った。一緒に登下校した。手を繋いだ。それ以上のことも……?

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