奪ふ男

ジョーカー 1−3 (1/5)
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 僕はやっぱり信じられなかった。僕が想うように、ルリも想ってくれているはずだ、と信じていた。
 祈るような気持ちで、行為に及ぼうとした。僕が野球部のボールに当たって、保健室のベッドにいるときだった。
 でも、ルリは拒否した。そういう冗談は嫌いと言った。
 挙句、いつも二人で下校するのが習慣だったのに、ルリはひとりで帰ってしまった。
 絶望的な気分だった。ルリが消えてから、アメにむらがる蟻のように人々が群がってきたけれど、彼らのどんな言葉だって、僕の気持ちを浮上させなかった。適当にあいづちを打っていたら、いつの間にか、彼らと帰宅することになってしまった。
 
 ぐるぐると考えた末、僕とルリは離れるしかない、と数日後にようやく結論が出た。
 しかし、何の関係もなくなってしまうことまでは勇気が出ない……と言うより、耐えられない。
 登下校を別々にするくらいまでなら、と断腸の思いで決めた。
 少し離れて、ルリに僕を意識してもらわなくてはならない。
 秋めいてきたある日のホームルーム後。僕は震える喉を叱咤し、穏やかに言ってみた。
「これからは、登下校、一緒にしなくてもいいんじゃないかな」
 一緒に帰ろうと教室の前で待っていたルリは、きょとんとした。そして目をぱちぱちと瞬きさせる。瞬きは何度も繰り返された。そして次第に視線を下げながら、ルリは、「そっか」と言った。「そっか、そうだよね、うん、やっぱり」とうつむきながらルリはつぶやく。
 それから顔を上げたルリは、微笑を浮かべていた。何かが吹っ切れたような、さっぱりした顔だった。
「うん、そうだね。もう私たちも中三なんだし、いくら幼なじみだって言っても、一緒に登下校するのは子どもっぽかったもんね。むしろ、やめるのが遅かったくらいじゃない?」
 明るい、声。何てことなさそうな……。
 本当は、僕はルリに、嫌だ、と言ってもらいたかった。だけどそんな気配は微塵も感じなかった。
 じゃあね、と言って、ルリは軽い足取りで帰っていく。
 ……今更呼び止めて、一緒に帰ろう、とは言えなかった。
 
 ひとりで帰る道。沈黙の道。隣にルリがいない道。
 小学生がキャッチボールをしている土手も、車の通りが多い道路も、大きな橋も、今まではルリと一緒に通っていた。
 心の中でつぶやく。
 これは必要なことなんだ。離れなければいけないんだ。今だけだ。今だけ。
 土手に陽射しを遮るものはなく、僕の影は前に長く伸びている。
 チリンチリン、と鳴らす自転車が前から来た。今までだったら二人並んでいたから、自転車が来ればどちらかが――大抵は僕が、ルリを守るようにして避けた。
 けれど今はひとり。自転車は簡単に僕の隣を通り過ぎる。
 今だけだ。今だけ。今後の僕たちのために、必要なことなんだ。
 言い聞かせるようにして、僕はのろのろと家路をたどった。
 
 
 一週間も過ぎて、そろそろ僕は苛立ち始めた。だって、ルリは何の変わりもないから。僕のようにイライラすることなく、戸惑うこともなく、普通にしていたから。……寂しいとか、やっぱり嫌だとか、あるだろうに。
 僕が物憂げに靴箱で靴を履き替え、帰ろうとしていたとき、ぽんと後ろから肩を叩かれた。ルリか、と思って、笑顔で振り向いた。
「智明君、今帰りなの? 一緒に帰らない?」
「……西島さん」

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