奪ふ男

ジョーカー 1−2 (2/3)
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 このまま三組の前で待っていてもルリは帰ってくるだろうけれど、僕はそこに向かった。誰が呼び出したのかは知らないが、そいつなんて追い払い、二人だけの時間がほしかった。
 走ってそこへ向かうと、怒声が響いた。思わず足を止めた。
「ウザいってこと、わかんないわけ!? いい加減、消えてよ!」
 女の声だった。しかも、聞き覚えのある声だ。
 壁から少し顔を出し、見てみる。
 目と眉をつり上げ、鬼のように醜い形相をしている女。普段と違いすぎて驚くが、あれはクラスメートの西島だった。関わらないクラスメートなら覚えきれていないが、僕によく近づく女のため、他の人よりは何とか記憶している。背の高く、気取ったように歩く女だ。
 その鬼神のような西島が怒鳴っている相手が、後ろ姿のルリだった。
 ルリは静かに立っていた。顔は見えない。
「よくも平気でいられるわね! ほんっと図太いね!」
 西島は怒鳴り続ける。
 ――イジメ? ルリを虐めている?
 僕はルリを庇おうと、出ようとした。
「なんで西島さんの言う通りにしないといけないんですか!」
 ルリが負けじと反論した。
 僕は唖然として、再び足が止まった。ルリは人と人が争っていたなら、その間に入り、諍いをなだめるような人間だ。喧嘩なんて買わないし、売らない。文句を言われても、それがどんなに理不尽な文句でも、自分の中に溜め、反論することなんてめったにない。
 そのめったにないことが、今あった。
「私が智明と一緒にいて、何が悪いんですか! 友達が一緒にいてどこが悪いんですか!」
 ……僕? 何、僕のこと?
「友達。ばっかじゃないの? はっきり言いなさいよ、智明君のことが好きで、つきまとってるって! 智明君は嫌がってるよ!」
 西島が、わけのわからないことを言い出した。
「智明は嫌がってるように見えません。西島さんの思いこみでしょ。だったら智明に訊けばいいでしょ、私のことを嫌がってるのか、って。うなずいたなら、私は消えるよ。でもそんなことないよ。友達だもん、嫌がってないってことぐらい、わかるよ」
 ルリの言うとおりだ。誰が嫌がっているものか。
「西島さんの方はどうなのよ。別に智明の恋人ってわけでもないようじゃない」
「でも、ただの友達のあんたより、女としては見てもらってるんだから」
 西島は鼻で笑い、胸を張って言った。ルリは言葉を詰まらせた。
 わけがわからない。なんで西島はあそこまで自信満々に、立場が上であるかのように、ルリに向かってるんだ? 別にあいつを女として見た覚えなんてない。どうでもいい周囲の取り巻きが、なんであそこまでルリに胸を張るんだ。
 西島は笑いながら、挑発するようにルリに近づく。
「谷岡さんは、ばっかみたいに、友達から恋人に格上げされるのを待ってるんだ。いつか女として見られる日が来るのを待ってるんだ。自分があの智明君にふさわしいとか思っちゃって、夢見てるんだ。そんな日は来ないのにね、笑っちゃうよ」
 だからお前は、何を根拠にそんなことを――。
「違う!」
 ルリは大声で、裂くような鋭い声で否定した。
 後ろから見たルリの肩は上下に大きく動き、震えていた。
 ルリは声を上ずらせていた。
「わ、私は、智明の友達で――それ以上のことなんて、望んでない……!」
「嘘ばっかり」
 またも西島は鼻で笑う。

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