奪ふ男

ジョーカー 1−2 (1/3)
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 中学最後の夏休みが訪れた。
 僕たちは去年、一昨年のように、二人で勉強し、二人で遊んだ。
 ルリは水泳部でよく泳ぎ、こんがりと日焼けした。僕は何度もルリの泳ぐ姿を見る。トビウオのように跳ね、水に飛び込む姿も、静かで優雅に泳ぐ姿も。
 だけど僕はルリが泳ぐのを見るのは好きではない。僕がプール脇で見ていても、ルリはただまっすぐ前だけを見ている。僕なんていないかのように、ちらりとも目を向けない。
 一度、二人で海に行った。電車で二時間の場所にある海は、その近辺の海水浴スポットとして、僕たちと同じような人たちが多く集まっていた。
 砂浜近くではしゃいでいるだけの人が多い中、ルリは遠くまで本気で泳いでいた。水泳部で泳いでいるときのように、ただ黙々と泳ぐ。
 学校で着るのと同じスクール水着を着ていたのを見たときから、遊びより泳ぐことが目的だということはわかっていたけど、どうにも苦笑してしまう。かわいい水着を着た姿にも期待していたし。
 昼食にと、屋台でルリと僕の分のフランクフルトを買ったものの、当のルリは沖の方へと泳いでいた。戻ってきたのは、大分経ってから。
「ルリって、泳ぐのが好きだねえ」
 少し冷めたフランクフルトを渡しながら、僕は呆れを混ぜた感嘆を示す。
「好きって、いうのかな。泳いでいると、何も考えなくてすむんだよね」
「現実逃避みたいなもの? じゃあ、今日は一緒に来た僕のことを考えたくなかったんだ?」
 いたずらめかして言うと、ルリは僕の肩を軽く叩いて、
「そんなわけないでしょ。勝手に泳いじゃってごめん。食べたら一緒に遊ぼ?」
 と笑う。濡れた髪が、日の光に輝いていた。
 それから。波打ち際で、僕たちははしゃぎ、かけあいっこをして遊び、たわむれた。
 楽しかった。ただただ楽しかった。
 それでもなお、僕はルリが泳ぐのを見るのは嫌いだ。
 その無駄のない美しい体付きも、泳ぐ様も、見惚れるようなものであるのが十分わかるから、他の人が見る場所で泳いでほしくなかった。
 他の人間がルリを見ているのが不快だった。僕だけが見ていたい。僕の腕の中にいて、全てを僕だけの自由にさせてほしい。
 僕はずっと以前から、ルリに対する自分の感情がよくわかっていた。言葉にすることはないけれど、する必要はないだろう。ルリだって同じ気持ちのはずだから。
「こんな日が続けばいいのにね」
 ルリがとても残念そうに言った。いつの間にか、日が暮れ始めていた。他の客も帰り支度をしている。
「夏休みが終わらなきゃいいのに」
 夕暮れが近づく海は、赤みを帯びてきている。
「うん。そうだね」
 深くそう思う。
 学校が始まれば、また人が集まってくる。
 ルリと二人だけの時間、二人だけの空間がもっともっとほしかった。
 でも願いとは逆に、学校が始まればクラスは別で、腹立たしいくらいに他の人たちは僕たちの間に入り込む。
 そのときルリもまた、新学期のことを考えたのか、憂鬱そうな顔をして遠くの海を見ていた。



 中学最後の新学期が始まり。やはり、僕たちは夏休みのように、二人だけの時間、二人だけの空間は、多くは持てなかった。
 それでもなるべく多くその時間と空間がほしくて焦りながら、水泳部の部活動のない日の放課後、ルリのいる三組に向かった。
 けれど、不思議なことに、ルリはそこにいなかった。
 誰かに呼び出され、食堂横の自動販売機が並んでいる場所に行ったのだとか。

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