翼なき竜
31.未来の夢(6) (7/8)
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リリトの息子が生きて、『女王の子』だと公言していることは驚きだった。七年前にいなくなってしまってからどうなったのか、想像もつかなかった。
とりあえず、自分の子として認めると決めたが、それは間違いだったかもしれないと、レイラは冷ややかな視線で見下ろす。
黒髪の小さなレミーの後ろに、老人がいる。ひげと髪で隠れているが、顔に見覚えがある。ナタンだ。グレゴワールの父親で、現在行方不明だったはずだ。監禁されていた間、二度ほど見た。
彼がここにいるのを見て、全てのからくりが解けた気がした。
いなくなったレミーを育てたという老人がナタンだというと、善意からであるはずがない。いなくなったというのも、十中八九ナタンが関与している。そして、何かに利用するために決まっている。レミーを『女王の子』だと公言させたのは、おそらくナタンによってだ。こうして謁見させるため? そして、かつてナタンと繋がりの強かったギョームも、一枚噛んでいるはずだ。ギョームの狙いは、玉座。
レイラは、何となくわかった。
事件の全容だけでなく、自分がここで死ぬのだということも。
ナタンが殺そうとしてくることもわかっている。彼の剣に倒れるつもりはない。しかし、立ち向かい、逆に殺したところで、頬にある残りの翼が消え、ギャンダルディスに食べられてしまう。
レイラはめまぐるしい今までのことを思い出していた。死ぬ前に、人は昔の記憶を振り返るというが、これがそうなのだろう。
レミーは赤いじゅうたんの上を歩くのを止め、おぼつかない礼をした。
「あ、あの、ぼくは……」
緊張しきった声を出すレミー。最後に会ったときは、産声を上げて泣きじゃくって、言葉も話せなかったというのに。
でも当然か。
もう、七年経った。
七年……。この子は生きてきた。そして、自分も生きてきた。
死ぬとわかって暴れ、すがり、諦めながら、七年、生きてきた。
監禁された最後の日、リリトがベランジェールに食われているのを助けようとしたことを、レイラは悔やんだことがあった。そうしなければ、翼を失うことがなかった、寿命が限られることはなかった、と。
だけど、緊張しつつ期待して顔を上げているレミーを見て、あのときの選択は正しかったのだと、レイラは思えた。あのときあの選択をしたことで、この子は生きて、こうしてこの場に来てくれたのだから。
そして自分の生きてきた七年も、無駄ではなかっただろう。
女王として至らないところだらけだっただろうけれど、がんばってきた、楽しいこともあった、イーサーと出会えた。これまでの人生で大きな宝を得られた。
今日の朝日は美しかった。今日の夕日はどうだろうか。
「その……これを、見てください」
レミーは何かを取り出した。小さくて詳しくは見えないが、七年前赤ん坊の手に持たせたシールリングと、マガリの刺繍した絹だろうか。
近づかなくては見えない。近づけばナタンの刃が降りかかるとわかっていても、レイラは腰を上げた。
階段へ足を踏み出す。イーサーが後ろをついてこようとした。
階下には襲ってくるだろうナタンがいる。彼が危険だと思って、手で制した。
「ここで待っていてくれ」
しばらく考えたイーサーは首を縦に振る。ほっとした。
最期になるとわかっていたから、じっくりと彼の顔を見ていたかったけれど、レイラは顔を真正面に向けた。きっと今、自分の顔には死相が見えているはずだから。
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