翼なき竜

31.未来の夢(6) (6/8)
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 それが叶うはずがないのに?
 レイラは父が死んだとき、知ったのだ。父から『殺せ』と言われ、それはとても辛かった。でもきっと、死ぬしかない人間が『生きたい』と言うことも、誰かを傷つけるのだ。生死を願う言葉は誰かを傷つける。それならば、この身に秘して、沈黙を守ろう。
『生きて、何かをしたいとか、ないの!?』
 レイラは答えず、ギャンダルディスの頭を撫で続ける。親だと思っていた竜は、時折子どもに見える。
 ごめん、とレイラはつぶやいた。


 次の日の朝、レイラは小さくくしゃみをした。
「風邪ですか!? 陛下!」
 慌てて大騒動にしそうなイーサーに、大丈夫だから、とレイラはなだめた。
 夜中に雪の降る外に居続けたのだから、ちょっと身体をこわしたのかもしれない。もともと、悪夢を見るからといって毎晩酒を飲むし、あまり寝ないし、不摂生な生活を送っている。もしかしたら食われて死ぬ前に病気で死ぬかもしれないと、自嘲気味に思った。
 朝の王城は、絢爛なる庭も建物も彫像も木々も、雪に染まっている。碧空の下、雪が真珠のように輝いている。ごてごてしい普段の風景より、美しく見えるほどだ。
 レイラとイーサーが歩いている正殿と特別謁見室をつなぐ渡り廊下は、屋根はあるものの、側部は壁がない。冷たい風が身にしみる。
 イーサーは上着を脱いで、レイラの肩にかけた。
「これじゃ、お前が寒いだろう」
「いいです。陛下に風邪を引かれるよりも」
 寒々しいイーサーの姿を見て、レイラは、大丈夫だからいらないよ、と返そうとする。イーサーは、いいですから、と押し戻そうとする。そんなすったもんだをしている間に、レイラの頭にかけていた黒いベールが風に飛んだ。
 あ、という間のことだった。
 ベールはひらひらと蝶のように舞い、雪に埋もれた庭に落ちた。
「取ってきますよ」
 そう言って、誰の足跡もない雪原に、イーサーは足を踏み入れた。
 ず、ず、と足を雪に沈めながら、しかし軽やかに見える動きで、雪の上にさらされているベールに近づいていく。
 雪も、イーサーも、朝の光にきらきらとしていた。
 ベールを手に取り、雪を払うと、イーサーが戻ってくる。雪を落としたものの、濡れてしまっている。
「これは頭にかけない方がいいですね。陛下の風邪が悪くなりそうです」
 別のものを取ってこさせようと手配するイーサーを見ながら、昨晩のギャンダルディスの言葉を思い出した。
『生きて、何かをしたいとか、ないの!?』
 もし、もし、それを願えるなら。
 肩にかかったイーサーの上着の裾を、きゅっとつかんだ。
 空が青かった。寒くて冷たい日だけれど、もうすぐ芽吹きの春がやってくる。
 春を見るのは、それが最後となるだろう。


   *   *   *


 レイラはしばらく閉じていたまぶたを上げた。
 めまぐるしい昔を思い出していた。
 そこは、特別謁見室の、玉座だった。ここの部屋の常として、隣に宰相のイーサーと、竜のギャンダルディスがいる。大抵の者が相手のときは、レイラはギャンダルディスの頭を撫でながら、応じていた。
 しかし今。女王として即位してから七年目の夏。レミーという黒髪の子どもと初対面を果たす場において、レイラは竜を撫でてくつろぐことなく、気を張って見下ろしていた。

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