翼なき竜

31.未来の夢(6) (5/8)
戻る / 目次 / 進む
 竜族との契約も、表裏がある。こうしてレイラの一存で決めたことは、ある方面では喜ばれ、ある方面では憎まれるだろう。デュ=コロワは悲しむかもしれない。
 それでも、幕を引けるのは、もうすぐ死ぬ自分だけだった。幕の閉じない舞台など、無様なだけだ。竜に食われて死ぬ王を最後に、竜との繋がりが途絶える――それは何かの符号が合うような気がした。
『ならば、ブレンハールの直系王族の血筋が途絶えたとき、契約を解除しよう。いいかい?』
 つまり、レイラと叔父のギョームが死に絶えたとき、ということか。死ぬまでギャンダルディスとは話せることに、レイラはほっとした。
「それでいい」
『これで話は終わりだね。では』
 シルベストルは背を向け、空へ向かって階段を上るように歩き出そうとした。
 あ、と言って、彼は空中で振り返る。
『実は拍子抜けしてね。ブレンハールの女王が話したいことがあるとギャンダルディスに聞いたとき、命乞いをしてくるものだと思ったから。……どうしてしなかった?』
 シルベストルの瞳は青く優しい色をしていたが、いくばかりかの強い疑問が見えた。
「……命乞いをしたら翻る程度の、易い決定だったのか?」
 目を細めて見やると、シルベストルは、いいや、と答えた。胸が締め付けられるような気持ちがしたものの、レイラは表情を変えることはなかった。
 レイラの心情に一番あるのは、諦念の観であった。七年。七年も死を前におびえた結果、もはやどうにもなるものではないとの諦めの気持ちが溶けない雪の上に降り積もっていった。
「さらばだ、ブレンハールの女王。その二つ名のごとく、泰平を築くことを願う」
 レイラは苦笑した。泰平を築くのは自分ではない。これからの生きる人々だ。生きる者だけが、何かを変えることができるのだから。
 空を歩いていくシルベストルを見上げながら、レイラは白い息を吐く。
 寒かった。身体も、心も。
 レイラは大木の洞に隠していたワインとコップを取り出した。栓抜きもちゃんと持ってきていて、それを回して開けると、コップに注いだ。
 ちらりと隣に横たわっている竜の姿を見る。幻影ならば飲めないが、実体ならば飲めるだろう。
「ギャンダルディス、口を開けて」
 素直に竜は口を開いた。そこに、どぼどぼと残りのワインを注ぎ込む。人間にしたら大量でも、竜にとっては少なすぎる量だろう。それでもギャンダルディスはうっとりとした表情を浮かべ、瞳を閉じた。
 レイラはその顔を見ながら、コップに口をつける。身体が温まるように。
 雪はやむ様子はない。降り積もり、降り積もり、重なっていく。人間の歴史とは、雪のようなのかもしれない。新たな雪が重なって新雪をさらすものの、底にある雪は溶けて消えていく。記憶から消えていく。
 人間ひとりについて考えれば、たとえるべきは雪ではなく、葉なのかもしれない。枝に繋がり生きていた葉が、来るべきときに落ちて死ぬ。踏みつけられぼろぼろになる葉は無様かもしれないが、それでも、意味はあるのだろう。踏みつけられる意味、朽ちる意味が。
 ワインを飲み干すと、レイラはギャンダルディスの竜の頭を撫でた。
「ねえギャンダルディス。私を食べた後はね、すぐに逃げるんだよ」
『レイラ……!』
 大国ブレンハールの女王という存在を殺された国は、ギャンダルディスを許さないだろう。遠く、安住の地まで逃げてくれればいい。
『どうしてレイラはそうなの!? もっと生きたいとか、弱音とか、言ってよ!』

戻る / 目次 / 進む

stone rio mobile

HTML Dwarf mobile