翼なき竜

31.未来の夢(6) (4/8)
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 たとえ本体は竜とはいえ、青年がいけしゃあしゃあと女の前で言うせりふじゃない。
 レイラの代わりに、ギャンダルディスがシルベストルの腹を殴った。『痛いぞ何だ?』と言って首をかしげているシルベストルは、違う種族だけあって、今のせりふの何が悪いのかよくわからないらしい。
 レイラは少し顔を赤くしながら、こほん、と咳払いをする。
「竜族の王よ。私は子を産めない……わかるだろう?」
『あ……そうだったな。人間の子が産まれるまで十月十日……無理だな』
 無理、という言葉は、レイラがそれまで生きられない、ということを指している。
 竜族の長だけあって、シルベストルも、レイラの翼の残りがわかっているだろう。
 じくりと胸が痛んだが、レイラはさも納得しているふうにうなずく。
「そうだ。直系王族の血は残らない。次に王位に就くのは、アルマン王の弟の家系・ゴセック家の者だ。竜の血は弱い。竜と対話できる人間がいなくなる以上、契約の変更も破棄も、私の死後できなくなる」
『そうだな。それで、破棄をすると? 何故? 不都合があったか?』
 不都合などどこにもなかった。竜の力を借り、戦力は他国を軽くしのぐ。そのためにブレンハールはこの数百年、繁栄した。傘下に下った国から貢ぎ物をもたらされ、敵対する国は滅ぼし領地にする。その繰り返しだ。
「不都合はない。でも、このままではいけない。このままでは、国民は歪んでしまう」
『歪む?』
「絶大な力によって、ブレンハールが神の国だとでも思い上がり、いずれ他国へ侵略する。そういう流れにならざるを得ない。そして竜の力で、いくつもの国を滅ぼす」
『それの何が悪いと?』
 レイラは白い息を吐く。
 それを喜ぶ王もいた。父もそうだった。国が栄える。国が勝つ。国民は喜ぶ。それでいいではないか。これがいつまでも続けばいい、と。
 悪い、良い、という問題ではない。
「私が、そんな国は嫌なんだ」
 聞いたシルベストルは、失笑した。
『甘い。竜の力なくして、この国の栄耀栄華が続くと思っているのか?』
「竜の力に頼ろうが、頼るまいが、そんなものは永遠に続くものではない。契約の変更ができなくなる時点で、少なくとも契約は終わりを迎えなければならないんだ」
 始まりがあれば、終わりも存在する。多分、今がそうなのだろう。
「敵対したいと言うわけじゃない。私たちは数百年のうち、相互理解を深めたはずだ。戦争に協力しなくとも、もう共生は可能だと思うが?」
『……なるほど。私たちに異存はない。これ以上、人間同士のくだらない戦争に巻き込まれずに済む。しかし』
 シルベストルが、どこか残念そうに微笑んだ。
『人間と話せなくなるというのは、さびしいことだ。君たちは興味深かったから』
 デュ=コロワのことが思い起こされた。竜好きの彼は、ことあるごとに、レイラがうらやましいと言っていた。竜と自然にふれあうことができる、と。
 レイラにとって自然なことでも、多くの人にとっては不自然なこと。もし、『泰平を築く覇者』でなかったなら、どうなっていただろう。ギャンダルディスをただの竜だと思い、あえて近づかなかったかもしれない。この竜から知識を得ることはなく、なぐさめられることもない。そして、もうすぐ翼を失って死ぬことはないだろう。
 物事には表裏あり、レイラにとって『泰平を築く覇者』であることは、良かったとも悪かったとも言えないことだ。女王への即位に関しても同じだ。

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