翼なき竜

29.未来の夢(4) (4/5)
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 個人的な好悪にすぎないことは、王城に広がりを見せてしまった。レイラは王という立場の重みを知った。王に、『個人的』なんてことは許されないということだ。
 そういえば、先王の時代、エミリアンがアスパラガスが嫌いだと言った翌日から、城下でアスパラガスの取引量が大幅に減少したという笑えない話があった。
 一挙手一投足は、国を動かす。軽はずみな行動は許されない。
 しかも、誰も引き止めることはない。間違ったことをしても、きっと誰も止めない。臣下たちは『御意』とうなずいておきながら、影では王の資質を量っている。そしてもし、たやすい王だと判断されれば、臣下たちは王を操ろうとするだろう。
 弱みは見せてはならない。絶対なる王には、弱みは存在してはならない。レイラは、かつての父の背中を思い出す。父があれほどまでにすばらしさだけを見せるのは、どれほどの苦労があったのだろうか。
 特に、レイラには片翼がない。いつ何時、破壊衝動によって、国を傾けるかわからない。それは死へと繋がる。
 個人的な好悪を捨て、王として立たなければならないのだ。
 レイラは苦渋の決断すると、イーサーの元へ向かった。

 城内の一室で、ちょうどイーサーは大皿に盛りつけられた魚のシチューをたいらげたところだった。
 満腹で幸せそうな彼は、レイラの姿を認めると、立ち上がる。
 レイラはテーブルに並べられていた椅子のひとつを取り、それを窓に向けて置いた。その椅子に座り、窓からの景色を見る。
「……今更になったが、我が国の財務状況をどう捉えているか、さらにはそれをどうしてゆくべきか、忌憚ない意見を直接聞きたい」
 すでに人を介して聞いていたが、間に人を挟むのと、直接聞くのとでは違う。本当は、やって来た当日に聞く予定のことだった。
「は、はい。それはいいのですが……」
 彼は語尾を濁す。レイラが窓に向いていることを不思議がっているのだろう。
 先ほどのことを考えても、声だけならば問題はないのだ。問題は顔。それさえ見なければ、多分大丈夫。
 それをイーサーに説明するには、過去のことをつまびらかにしなければならない。それは嫌であったし、これこそ『個人的』なことだ。この男にも関係ない。人に言う必要もない。
「……少し、景色を見ながら話を聞きたいんだ。構わず話してくれ」
 レイラは雲がたなびく空と、その下に広がる庭を眺め見た。
 それからよどみなく聞こえてくる彼の声に、耳をそばだてる。よく通るいい声だと思った。

 空が紅色に染まるまで、二人の話は続いた。財務というのは、政策のどこに重点を置き金をかけるか、ということにも繋がる。政策論争を戦わせているうちに、時間が経ってしまった。
「――今日はここらで十分だろう。ありがとう。財務顧問の考えは、よくわかった」
 財務だけに詳しいのかと思いきや、彼は政治家でもあった。国内の各方面への知識があり、外交にも精通している。政策には芯が通って、なるほどと思わされる。もう少し話を聞いていたいくらいだ。
 彼は昔は騎士になりたかったのだという。男の子なら誰しも一度は憧れるのだとか。
『でも私には騎士としての能力はなくて。こうやって財務や政治について勉強し始めたのは、自分の得意なもので何かの役に立てればと思ったのが始まりなんです。自分の力で何かを良い方向に変えたくて。今回、財務顧問として働くのを承ったのも――家庭の事情も理由ですが――そのことを思い出して』

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