翼なき竜

29.未来の夢(4) (3/5)
戻る / 目次 / 進む
「財政状況が危ういことは確かだ。どんな人であれ、使えるものは使わざるをえない」
 これがなくてもいい職種に抜擢された人間であったなら、クビにしていた。その方が顔を合わせないように苦心するよりも楽だ。
「…………」
「何だ」
 いいえ、と臣下は答えた。


 レイラは最近不機嫌であることを自覚していた。
 顔を合わせないとはいえ、グレゴワールと同じ顔が同じ城にいるかと思うと、目の前にいない分だけそわそわして落ち着かない。それが腹立ちに移行するのはたやすい。
 その不機嫌さは、周囲には伝わっているらしい。指摘されるとますます苛立つことがわかられているようで、彼らはあえて何も言わず、付き従っている。
 レイラは女官と近衛兵を引き連れ、王城を練り歩いていた。式典に出席するためだ。廊下を歩くレイラに、臣下は道を譲り、静かに頭を下げる。あからさまな媚びの言葉で道をふさがれるのを、レイラは嫌う。それなら沈黙してくれた方がマシだ。
 だからレイラが歩くとき、そこは静かになる。せいぜい靴音と布のこすれる音と、庭から聞こえる鳥の声だ。
 そんないつものレイラの歩行に、
「だれか〜〜、助けてください〜〜」
 と、情けない声が聞こえてきた。
 レイラたちは周囲を見回す。ドンドン、と隣の扉が叩かれて、そこからの声だとわかった。そこは図書室だった。
 レイラは扉のノブに手をかける。しかし、開かない。
「おい、どうしたんだ?」
「あ! やっと、やっと人が……! 閉じこめられているんです! 私がいるのに、いないと間違えて鍵をかけられたようで、昨日の夜からここにいるんです!」
 なんとも珍しい事件であった。
 レイラは近衛兵に、鍵を取りに行かせた。
「身体の方は大丈夫か?」
「はい。お腹が空いているだけです」
「そうか。ここから出たら、腹一杯食べさせてやる。何がいい? 豚の丸焼きか、魚のシチューか、何でも言っていいぞ」
 レイラはとても優しくなれた。監禁のときを思い出したからだ。食事に文句を言うことを許されなかった一年間。その後解放され、自分の好きなものを食べられるようになったとき、万感の思いが押し寄せた。
 そのときとは違う状況だが、何となく、この閉じこめられた男に親近感を持った。
「魚のシチュー……おいしそうですね……」
 男のうっとりした声が聞こえる。
 微笑みながら後ろにいた女官のマガリに、魚のシチューを用意させるよう手配させる。ほぼ同時に、近衛兵が鍵を持ってきた。
 レイラは自ら鍵を回した。
 そこから現れたのは、イーサー=イルヤス。目をみはり、
「え、陛下!?」
 と、驚いて、頭を下げた。
 レイラの驚きようは、彼の比ではなかった。会うとは思ってなかったのだ。二歩、たたらを踏むようにして、後ろに下がった。
 顔をこわばらせて、その場から立ち去ろうとすると、急に、ぐきゅるるる、という音が聞こえてきた。彼の腹からだった。
「あ、えと、……すみません」
 何を謝っているのか知らないが、彼は居たたまれなさそうに謝る。
 レイラは内心の逆巻く感情を抑え、約束通り、彼に食事を取らせることにした。


 イーサーが食事を取ってる間に、レイラは知った。
 出会いのあの些細な事件が原因で、イーサーは王城から総スカンを食らっていると。閉じこめられたのも、嫌がらせの一種だったようだ。

戻る / 目次 / 進む

stone rio mobile

HTML Dwarf mobile