翼なき竜

29.未来の夢(4) (2/5)
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 直後に近衛兵たちが来て、暴漢として連れて行ったものの、レイラにはいまいちよくわからなかった。目の前から消えてほっとした、それだけだ。
「……亡霊、か?」
 つぶやいて、ぞっとする。確かに死体は見た。焼死体であったものの、顔は焼けてなかった。あれはグレゴワールの死体だった。つまりさっき目の前に立っていたのは、生きたグレゴワールのはずはない。
「陛下、もう安心です。あの暴漢は近衛隊が尋問をしている所です。しかる後に、きちんと処罰を加えますので」
 丸くふっくらとした臣下が目の前に膝をつく。
「……あれは、何だったんだ」
 レイラが報告を求めると、臣下は紙をめくった。
「イーサー=イルヤスという、東の領地のイルヤス家の次男だそうです。今回、財務顧問として呼んだ男でして」
 グレゴワールではない?
「……グレゴワールと関係ある人間ではないのか?」
 この問いは予想外だったのか、目の前の臣下が顔を上げた。別の細身の臣下が答える。
「イルヤス家の当主であるサラフの妻は、ガロワ家のナタンの妻と姉妹だったと記憶しています。血縁上の繋がりはなくはないですが……ただ、この件を即位当時のガロワ家の事件と結びつけるのはどうでしょう。イルヤス家はガロワ家とはほとんど付き合いがなかったようです」
 レイラが、ガロワ家の恨みからそのイーサーという男がレイラを襲った、と考えていると、臣下は誤解したらしい。
 とにかく、血縁上のつながりがあるということは確認できた。あれはグレゴワールではない、別人だと。
「イーサー=イルヤスは、こう弁明しています。決して女王陛下を襲うつもりはなかった。陛下のベールが枝に引っかかっていたのでそれを取って差し上げようとしただけだ、と」
 それを聞き、レイラは、あっ、と声を上げた。
 レイラはグレゴワールだと誤解して逃げようとしたが、そういえば、あの男は何かを手渡そうとしていた気がする。
 ショックでばらばらになっていた記憶が繋がる。そうだ、イーサーは、ベールを取ってくれた。それを渡そうとしてくれていたに過ぎないのだ。
「すぐに解放しろ」
「は?」
「イーサー=イルヤスを、すぐに解放させるんだ。私の誤解だった。彼の言うとおりだ」
 レイラは額に手をやりながら、命じた。
 いくら顔が似ていたところで、全てはレイラの思いこみと誤解で、あの男が悪かったわけではない。レイラは自身の間違った対処に、唇を噛みしめる。
「解放後、私からの謝罪を伝えておいてくれ」
「え、陛下?」
「早く、解放させるんだ。……命令を聞けないのか?」
「いいえ、めっそうも」
 丸い臣下は走っていく。細い方は、どうします、とレイラに尋ねた。
「解放して、彼をどうします?」
「……予定通り、財務顧問として就任させる……」
 言いながら、レイラはあの顔を思い出し、青ざめた。それはつまり、閣議などで顔を合わせることとなる。
 誤解から逮捕させるのはまずいと思ったが、かといって率先して会いたいとは思わない。消し去りたいと思った過去がよみがえる。
「……ただし、私には顔を見せないようにしてくれ。各大臣、宰相たちと話し合い、任を全うするのは構わないが、私には絶対顔を合わせないように調整させること。彼から私へ言いたいことがあるなら、必ず間に人を挟ませること――わかったな」
「そこまで嫌われたなら、解放させなければよろしいでしょう」
 細身の臣下に、レイラは一瞥する。

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