翼なき竜

28.未来の夢(3) (5/6)
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「たとえ……リリトがすでに死んでいたと知って、助けることが無駄だったとしても……側には生まれたばかりの赤ん坊がいたんだ。ベランジェールを殺さなければ、赤ん坊も食われてた。それに、フォートリエ騎士団が攻め入っていたんだ。私が殺さなくたって、フォートリエ騎士団の連中が殺してたんだ」
 だから、ベランジェールはレイラが殺さなくとも、殺される運命だった。
 ぎりぎりの、怒りの臨界点に触れるか触れないかの精神状態で、レイラはまばたきせずに、窓越しにギャンダルディスを見ていた。この怒りを何とか抑えているのは、ギャンダルディスの答えを聞きたかったからだ。
 だけどギャンダルディスは、レイラの怒りを静めるような答えを持たなかった。
『レイラ。公平っていうのはね、どちらも助けられる能力がある時なら、双方を助けることを言う。だけど片一方しか助けられないなら――どちらも見殺しにすることを、公平と言うんだよ』
 白い何かが頭の中で爆ぜた。
 頬のあざが火傷しそうなほどに熱くなる。
 ここにいる竜は誰だ? 味方? 親同然? 違う。これは――敵だ。
 レイラは走った。厩舎の入り口のところに立つ厩番に、
「鍵はどこだ!」
「へ、陛下!?」
「鍵を出せ! 早く!」
 男は女王の血走った目におびえながら、鍵の束を差し出した。
 それを乱暴につかみ、再びギャンダルディスの部屋の前に立つ。鍵を差し込むが、合わない。いくつか乱暴に出し入れを繰り返す。
「陛下!? 何をしてるんですか!? 中には竜がいるんですよ!?」
 厩番は悲鳴を上げた。その声に、外で侍っていた近衛兵達が、厩舎に入ってきた。
 いくつか確かめて、ひとつの鍵が穴に入った。鍵を回すと、即座に重厚な鉄の扉を大きく開ける。
 レイラは腰にある大剣を抜き、振り上げた。
「殺してやる!」
 納得できない理屈で、殺されてたまるか。死んでたまるか。
 食われる前に、殺してやる――!
 レイラはがむしゃらに剣を振るう。
 ギャンダルディスの鱗が飛ぶ。血が噴き出す。
 それに見て、恍惚として、愉悦的な感情が生まれてくる。笑いそうになる。頬がかゆくなる程熱い。
「陛下! おやめください!」
 後ろから羽交い締めにされた。ロルの粉をかぶった、近衛兵だった。
「どけ! 殺す! 殺すんだ!」
「落ち着きください! かわいがっていた竜ですよ!?」
 それが何だ。殺す、殺す、殺す、殺す。
 全部、全部、竜も、人間も、全部、全部……!
 視界が、頭の中が、赤く染め尽くされていくようだった。

   *   *

 気がつくと、後宮の、自分の部屋のベッドにいた。
 静まりかえっていて、レイラがシーツを擦った音すら聞こえてくるほどだった。かすかにカーテンから覗く空は、暗闇が広がっている。いつの間にか、夜になっている。
 レイラは身体を起こすと、頭痛がした。
「っ……」
 こめかみに手を当てる。
 何が、どうなったんだっけ。ギャンダルディスに剣を向けて……近衛兵たちに止められて……薬を、飲まされた? 睡眠薬か、何か……。
 頭を振りながら、ベッドから出る。いつの間にか、寝間着を着せられていた。
 ……どうして、あんなに攻撃的になってしまったのだろう。
 あれほど殺意を持ったことはない。怒りが怒りを呼び、殺意、嗜虐心へと変わっていった。あのままだったら、さらに大きな感情に、呑み込まれていたような感じだ。

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