翼なき竜

28.未来の夢(3) (4/6)
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『レイラ。片翼を失った君は、いずれ残りの片翼の力、理性を失う。そのとき、君は竜に食べられるんだ』
 理解ができなかった。
 話の中身が、ではない。
 親同然に愛してくれていたはずの竜がこんなことを告げる、ということが。一年間、再会を夢見ていた竜が、きっと嬉しがってくれる、きっとかわいそうにと言ってなぐさめてくれる、そう想像して心をなぐさめていた、その竜が。
 思い出したくない記憶をよみがえらせる。城が攻められ、ベランジェールの繋がれていた柱が壊れたとき、竜は襲いかかった。レイラの抱える赤子を守るため、リリトは……ベランジェールに食べられた。目の前で。
 それを、救おうとしたのだ。……ベランジェールを殺すしか、なかった。
「竜族の法には……情状酌量ということがないのか? リリトを助けようとして、襲ってきたベランジェールを殺したことが、そんなに悪いことだったか……? 死ぬほどの、罪だと……?」
『…………。竜族は、絶対に同族殺しを許さないんだ。翼なき竜を食う以外、同族を殺すことは、決して許されない』
「私は人間だ! リリトを助けようとして、何が悪い!?」
 レイラにはむかむかとした怒りが湧いて、激高した。冗談じゃない。こんなことで、殺されてたまるか。
『なら、ベランジェールは殺されるほどの何をしたって言うの?』
 レイラの怒りに流されることなく、ギャンダルディスはどこまでも静かに話していた。
「リリトを襲って、食ったじゃないか!!」
『あらがえない本能だよ。ロルの粉が振りかけられない人間が存在したら、竜は襲わずにはいられないってこと、レイラはよく知っているだろう? ベランジェールの理性が望んだことじゃない。ベランジェールにはどうしようもなかったことだった』
「それでも、リリトは襲われ食われた! ベランジェールがどうしようもなかったというなら、私だってどうしようもなかった! リリトを助けるためには、食っているベランジェールを殺すしかなかった!」
 本当のことを言えば、そのときレイラはベランジェールを殺したくなかった。レイラを逃がそうとしてくれた竜だ。リリトを食べられた今だって、恨んでいない。しかしそのとき、目の前には食べられているリリトがいた。助けるには……戦い、殺すしかなかった。
『レイラは……忘れたようだね。君は『泰平を築く覇者』で、竜族でもあり、人間でもあるってことを。二つの種族に公平でなければいけないと、僕は何度諭した? 君はうなずいたよね?』
 悲痛で苛立ちがかいま見えるギャンダルディスの言葉に、レイラはこわばった氷のような顔になった。突き抜けた怒りゆえか冷静になったのか、レイラ自身にもわからない。
「それは……どういうことだ?」
『君はそのとき、リリトとベランジェールのうち、リリトを選んだ。その時点で公平ではなくなった。その時点で、君は間違いを犯したんだ』
 ふるふるとこぶしが震える。冷静になったからじゃない、これは怒りだ。自分はかつてないほど怒っているのだと、レイラは実感した。
「なら、リリトを見捨てておけばよかったと、ギャンダルディスは言うわけか……?」
『そうだよ』
 妊娠までしたリリトを。ぼろぼろと涙をこぼし、許してください、とすがりついてきたリリトを。
 言葉を震わせながら、レイラはゆっくりと、よく聞こえるように言う。

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