翼なき竜

28.未来の夢(3) (6/6)
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 頬も、火傷でもしそうなほどに熱かった。
 レイラは立ち上がり、窓へ寄った。カーテンを大きく開けようとして、びくりと止まった。
 頬にある片翼の竜。
 その片翼が、かすかに、ほんのかすかに、薄まっている気がする。ギャンダルディスに会う前よりも。
 レイラは頬のあざを撫でる。
 翼。
 翼。
 理性。戦闘本能を抑制するもの。支配欲、戦いへの欲に身を落とすたびに、失せる力。
 ……寿命。失われていく命。自分の命。
 消えたとき、食われる。
「い、やだ……」
 爪でなぞる。小さなあざ。小さな翼。小さな命の灯火を。
「いやだ、いやだ、死にたくない……!」
 レイラは竜に食べられたリリトの死に様を、思い浮かべた。
 鮮烈で、強烈な、近づく死の足音。
 レイラは窓から離れ、ベッドに再び沈み込む。うつぶせで、シーツを握りしめる。
 いやだ。どうして? どうして死ななくてはならない? リリトを見捨てていれば、長生きできた? それとも、その前に、ベランジェールの手引きで逃げていれば?
 いやだ。こんなことを考えることもいやだ。
 ふわ、と頭をなでられた。感触はないのだが、確かになでられた気配。
 ゆっくりと身体をひねらせる。
 人間型のギャンダルディスが、レイラの髪を梳くようになでていた。うつむきがちのギャンダルディスは、何も言わずにレイラの頭を撫で続ける。
「い、やだ。ギャンダルディス、死にたくない……!」
『…………』
 レイラは自分の半分の背丈しかないギャンダルディスの足にすがりついた。
「お願いだ。ギャンダルディス、生きたいんだ。死にたくないんだ」
 死ぬことなら、いくらだって機会があった。だけどそんなことは望まなかった。リリトと、自由になって生きたいと望んでいたから。
 父に、ギャンダルディスに、会いたいと思っていたから。
「助けてくれ。食われて死ぬなんて、いやだ……!」
 『王の間』の向かいに、『竜の間』がある。鍵は王が所持することになっている。レイラは以前、父と共に『竜の間』に入ったことがある。そこに飾られていた、子どもの竜がたくさんの竜に食われる絵が、レイラの頭にこびりついて離れない。あんなふうに殺されるのか、と。
「教えてくれ、ギャンダルディス。私はどうしたらいい? どうしたら、生きられる? 何百年も生きていて、いろんなことを知ってるんだろ? 今までのように、どうしたらいいのか、教えてくれ……!」
 薄い生地の服をつかみ、レイラは見上げ、懇願する。
 大国ブレンハールの頂点に立つ女王としての誇りなんて存在していなかった。助かるためなら、ぼろ切れをまとった奴隷になったってよかった。
 ギャンダルディスは重そうに腕を伸ばし、レイラの頭を再びなで始めた。そしてそのまま手は背に移り、やわらかく上から覆うように抱きしめる。
 不安定な形で、二人は抱き合った。
『……僕が、全部食べてあげるから』
 絞り出されたささやきが、レイラの耳の鼓膜を確かに震わせた。
 ギャンダルディスの足をつかんでいた手の力が、抜ける。両手はだらんと床についた。
 ギャンダルディスの答え。そう言うしかなかったこの子どもの心情。……そして本当に、食われて死ぬということ。全てが理解できて、どうしようもないことだと、胸の中に落ちていく。

 王道はただひとつ。まっすぐに向かうその道の終わりが、レイラにはよく見えた。
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