翼なき竜

28.未来の夢(3) (3/6)
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 残ったのは、名も付けられていない赤子ひとり。その赤ん坊も……どこかに消えた。
 何もこの手には残っていない。砂のように、風に流れて消えた。
 いっそのこと、国を滅ぼしてやりたい。戦争を引き起こしてやろうか。そうだ、世界征服なんてどうだ。
 グレゴワールのような奴が人間と呼べるなら、人間なんて、みんな滅んでしまえ。死んでしまえ。みんな、みんな、殺してやりたい。
 レイラは右の頬が熱くなってくるのを感じた。右にあった竜のあざは、なぜか片翼が消えていた。その代わり、熱くなることが多くなった。しかもその熱さに、歯止めがきかないような気がする。
 どこまでもどこまでも暗い感情が爆発し続け、止まる場所を失うような……。
 寒気すら感じながら、レイラは王城の大きな厩舎に向かった。
 王城自体は何の変化もなかった。ところどころ樹の植え替えがあったくらいで、ほとんど変わりない。
 懐かしさを覚えるくらいだ。あんな辛さを知らなかった昔の頃の。
 レイラは厩舎の、ひとつの部屋の前に立ち、窓から中を覗き込んだ。小さいときは台に登らないと窓には顔が届かなかったが、今は普通に立っているだけで覗き込める。
「ギャンダルディス!」
 レイラは一年ぶりに、親同然の竜と顔を合わせた。
 竜は歓喜の声を上げた。
『レイラ……! ああ、よくがんばったね、よく耐えたね……』
 レイラは瞳をうるませた。
 誰よりも、ギャンダルディスのこの言葉が嬉しくて、ようやく緊張から解き放たれ、安堵できた。
「うん……うん。生きて会えて、本当に嬉しい。嬉しいよ。ギャンダルディス、一緒に散歩しよう? 竜狩りに行こう?」
 窓から見ているのがもどかしかった。扉を開けて、触れたい。
 自由に空を飛ぼう。
 そうだ、これからは何でも自由だ。何をしてもいいんだ。
 不快な奴らだって、簡単に排除できる。どこにだって行ける。どんなことだってできるんだ。ずっと、ずっと。
 これからは何だって自由。何だってし放題。
 安らかに、何の苦痛もなく、暮らせるのだ。
 ああもう、忘れよう。あの一年間とリリトのむごい死の光景は、忘却の彼方に追いやろう。リリトも赤ん坊も、もういないのだ。最低限守りたかったものすら、手の中にはない。何もここにはないのだから……もう、忘れさせて、ほしい。
『レイラ。重要な、話があるんだ』
「ん?」
『君はね、長くは生きられないんだ』

 首が、かたむいた。斜めにかたむいたまま、窓から狭い部屋にいる竜を見た。
『竜族の法を知っているね? 同族殺しを固く禁じている。『泰平を築く覇者』もその同族に含まれる。……レイラ、君は竜を、ベランジェールを殺したね? それは法に触れることになるんだ。そして、竜族は君に刑を科した。君の片翼を失わせる、という刑を』
 レイラは知らず知らずのうちに手を動かし、右のほほに触れていた。あざを指でなぞる。竜のあざには、いつの間にか――片翼が、消えていた。
『片翼を失った竜族は、戦闘本能を制御できにくくなる。そして残りの片翼に負担がかかりすぎて、次第にそのたったひとつ残った片翼すら、力を失ってしまうんだ。そして全ての翼を失えば、同時に理性を失ったことになり、戦闘本能の塊になってしまう』
「…………」
『そうなってしまった翼なき竜は、竜族が食べるきまりになっている。戦闘本能に支配された竜は、見境なく、同族の竜にも襲いかかるから』
「…………」

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