翼なき竜

28.未来の夢(3) (2/6)
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 ここで自分ひとりが脱け出しても、リリトは残るしかない。外には竜のベランジェールがいて、『泰平を築く覇者』以外の人間が出て行けば、食われてしまう。
 置いていく?
 妊娠までして、解放させようとしてくれたリリトを?
 多分、彼女のしていることに意味はない。どんなことをしたって、彼らは解放なんてしてくれない。
 それでも、そうしようとしてくれた彼女を、見捨ててはいけないと、頭の中の誰かが告げる。
 その一方で、彼女を見捨てて逃げ出したいという逼迫(ひっぱく)した思いもある。それを何とか封じ込め、
「リリトを置いていけない。私ひとりで、逃げ出すなんてできない」
 と低い声で言った。瞬時に後悔が生まれたが、これも何とか無視した。
 ベランジェールの幻影は、ふっと霞のように消えていった。
 何度、何十度となく、ここから逃げたいと思った。ここで起きた全てが、レイラに傷を負わせる。
 どうしてこんなところに来てしまったんだ、と後悔することもある。だけど、そんな後悔よりも、早くここから出たいという思いの方が強い。
 逃げたい。帰りたい。
 ギャンダルディスに会いたい。父に会いたい。
 ブッフェンと戦って笑いあっていた騎士団時代に戻りたい。
 ただ安心して眠りたい。悪夢なんてもう見たくない。
 足音にびくつく生活なんてもう嫌だ。太陽の光を浴びて、気兼ねすることなく、外を歩きたい。
 リリトと、ここを出たい。とにかくここを出たい。
 助けて。誰か助けて。


   *   *


 ガロワ城が攻め入られ、レイラが解放されて――王位継承戦争が起き、それに勝利したとき、レイラは女王として即位した。
 しかしその頃には、レイラは女王への意欲も夢も、失っていた。女王に即位したのは、ギョームにだけは王に即位させられないという決意、そしてその場の流れのためのことだった。
 王城では、多くの臣下が新たな女王に媚びて、
「女王陛下、一年間、関門を通してもらえず、苦労されたのでしょう? 私は本当にもう、食べ物も喉に通らず心配して……」
 そう言うでっぷりと肥えた臣下に対し、レイラは鼻で笑うのをこらえた。
 何が、心配して、だ。一年間、ギョームの言葉に乗って、悪口を言っていたくせに。悲鳴を上げたくなることばかりの悪夢の一年間、お前らは何をしてた? 笑って呑んで食って踊ってたくせに。
 誰も彼もが憎かった。
 一年の間、誰も助けてくれなかったくせに今になって、心配してました、と嘘をつく。
 この国に何十万、何百万と民はいて、王族に忠誠を誓っているくせに、一年、彼らは何をしてくれた? 何も、何もしてくれなかった。
 王女であったレイラのことなんて、どうでもよかったのだろう。こうして女王として即位してからのおべっかに、辟易するどころか、憎悪さえ抱く。結局、誰もがレイラという人間なんて必要としていない。必要なのは、女王という立場の人間だということを思い知り、レイラは冷ややかな無関心さと、そしてたぎるような怒りに支配されていた。
 政治も国民の安寧も、全てがどうでもよく思えてくる。
 嘘でこびへつらう人間百人いるより、ここにリリトがいてほしかった。
 レイラはリリトが死んだときを思い出すと、胸が痛い。竜、ベランジェールに食われたリリト。ベランジェールを殺して助けだそうとしても、口から出したときには、もう遅かった。

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